研究期間の最終年度である19年度は、サバティカルとなったため、ロンドンに滞在してブリティッシュ・ライブラリーにて以下のテーマについて資料を収集し、深めることができた。 シモンズの発案で始まった『性的倒錯』刊行プロジェクトであったがシモンズ急死のためにエリスの名前だけが著者名として残るというねじれた結果の原因を解明するためシモンズとエリスの確執にメスを追求した。その確執は同性愛の病理モデルに対する両者の見解の相違に由来する。本研究では病理モデルの源流である変質論を整理し、それと性科学を結び付けた先進的な大陸の性科学の第一人者クラフト・エビングについても研究し、シモンズとの関係も跡付けることができた。シモンズは、エリスより先にクラフト・エビングに接触しておりまた彼から最新の知見も学んでいた。『性的倒錯』の枠組みの基本はシモンズが設計したものであり、イギリスにおける最初の性科学者と真に言えるのはシモンズであった。エリスの同性愛病理モデルに反発するシモンズは古代ギリシャの同性愛制度を研究し、これに病理モデルを超克する可能性を見出していたが、彼の死後エリスが刊行した同書にその個所は掲載されなかった。 他方シモンズはエリスを介してカーペンターと交友を結び、同性愛について率直な意見交換を行っていた。シモンズ死後『性的倒錯』を一人で刊行したエリスはイギリス性科学の第一人者として認められた。しかし本当の意味でのイギリス性科学の第一人者はシモンズであり、シモンズの挫折した同性愛研究の遺志を継いだのはカーペンターであったことを明らかにした。 また、ワイルドの書簡からワイルド裁判後のイギリス同性愛史の展開を辿るという研究を並行して行っており、翻訳・編集に集中して勤しみ、刊行直前の所に至っている。これは書籍として2020年中の刊行予定である。
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