20世紀中葉に活躍したハーマン・チャールズ・ボスマンは、21世紀においても現代南アを代表する短編作家としての地位を堅持していることは周知の事実である。しかしながら、その人気とは裏腹に、文学研究の対象としてはあまり取り上げられてこなかったのもまた確かである。その理由として以下の4点が挙げられる。すなわち、①彼が殺人者でありながら特赦による釈放と云う特異な経歴の持ち主である点、②彼の存命中に作品が僅か3冊しか刊行されず、生前第一線の作家としての認知、評価がなされなかった点、③死後版権が南ア国外の第三者に譲渡されたこともあり、全作品の入手は南ア国内以外では困難となり、厳しい研究環境下にあった点、④ボーア戦争、戦後のボーア人の生活と民族アイデンティティを主たるテーマとする彼の作品は、複雑な南ア史の知識なしには作品の意図を汲み取りにくい点である。本年度は、以上の諸点を明らかにした上で、今日代表作とされる諸短編と初版本との異同に関して検討を加えた。さらに、ボーア戦争、およびもう一つの研究対象である東アフリカ・ケニアのマウマウ戦争が対英戦争であることから、その背景となるイギリス、特にロンドンにおける「アフリカ」のプレゼンスに関する歴史を調査し、ボーア戦争の残滓が第二次世界大戦にまで及ぶこと、ケニア人の第二次世界大戦体験とマウマウ戦争との関連について新たな知見を得た。また、ングギ・ワ・ジオンゴが亡命中にドイツに滞在し、文明観や文学観、脱植民地化をめぐる評論集を執筆していたことは知られているものの、ドイツの雑誌に短編小説を発表していた事実を確認することができた。
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