身体における自己の主体は脳にではなく、臓器機能の役を免れ、身体の周縁を巡る漂白の細胞、免疫(インミュニティ)に宿る。ここ に身体における縁と無縁の逆説の関係がある。本研究は、この免疫学の命題を詩学に導入し、文化の主体のありかを、コミュニティ内 部から排除され、周縁に置かれた「インミュニティ(免疫)=アジール」にあると措定することで、マクロ・中央集権・リアリズムの 世界観を、ミクロ・周縁・虚構=無視・排除されたものの方から逆説・異化し、新しい詩学(文化・文学)の理論を構築する。対象と する地域はオクシデント/日が沈む地の表象を負うヨーロッパの極西・アイルランドの周縁、ヨーロッパ独自の死生観、煉獄の概念が 誕生・形成された世界唯一の煉獄巡礼の地、ドニゴール・ダーグ湖の小島=聖パトリックの煉獄である。 以上の仮説を検証していくために、すでに昨年度まで、二度に亘る現地調査を踏まえて、古代アイルランド修道会に関する先行研究に照らして、最終的に以下の仮説をある程度検証することができたと考えている。 1)煉獄巡礼の聖地ダーグ湖はベン.ブルベンからクロー・パトリックへと一直線に延びる贖罪巡礼の遍路を形成しており、これら三 つの巡礼地はいずれも聖パトリックとゆかりが深いものである(ただし、ベン・ブルベンは聖コロンバゆかりの地であるため、二人の聖者のイメージを巡って歴史的に対立していた)。 2)古代アイルランドにおける巡礼の遍路は、基本的に陸路ではなく、水路によって行われていた。それは6C半ばの古代アイルラン ド修道院が、いずれも海岸線・河川・湖畔といった水辺に建設されることに起因するものである。すなわち、各修道院は<水辺の巡礼ネッ トワーク・システム>により結ばれた各アジールとしても意味合いを帯びており、このアジール性が巡礼の遍路を形成する大きな要因 のひとつになっている。
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