研究課題/領域番号 |
15K02360
|
研究機関 | 立教大学 |
研究代表者 |
澤入 要仁 立教大学, 文学部, 教授 (20261539)
|
研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
|
キーワード | アメリカ大衆詩 / プロテスト文学 / ローウェル紡織工場 / ルーシー・ラーコム / 労働と文学 / ジョン・グリーンリーフ・ホイッティア / アメリカ詩 |
研究実績の概要 |
本年度は、米国の初期産業革命を代表するマサチューセッツ州ローウェルの紡織工場で働いていた女工たちの詩作を主に探った。彼女たちの作品が残されているのは、『ローウェル寄稿集』Lowell Offeringという文藝誌が刊行されていて、女工たちが寄稿していたからだ。それは19世紀中期のアメリカで活躍した女性詩人・作家ルーシー・ラーコムや、女性参政権運動で活躍したハリエット・ハンソン・ロビンソンを輩出した雑誌だった。 けれども『ローウェル寄稿集』を閲したところ、経営者を糾弾したり、労働環境の劣悪を告発したりする詩や文章がほとんどなかったことが明らかになった。多くは自然の描写(“Autumnal Thoughts,” 1843など)や、信仰をめぐる思索的な作品(“Eternity,” 1843など)である。1845年には、労働時間を10時間に短縮するよう嘆願する騒ぎがあったが、そのときの記述もけっして扇情的でも露悪的でもなかった。自分たちには神が見守る正義があるという、穏やかな姿勢が貫かれている。中産階級の女性たちによる作品に聞こえるくらいだ。じっさい、女工に対する偏見を打破しようとする作品も少なくない。 そこで『ローウェル寄稿集』を離れ、1834年と1836年に起こったストライキを巡る文献を探してみたところ、1834年のストライキ時に提出された「嘆願書」へ付された詩では、自分たちの行動をアメリカ独立戦争の蜂起になぞらえていたことが分かった。素朴ながらもきわめて高貴な理念が込められていて、読者の情に訴える詩ではなく、その理想に訴えかける詩になっているのである。資本家による労働者の搾取という図式が固定化されていなかった時代ではあるが、19世紀米国のプロテストの原型としてきわめて興味ぶかい。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本年度の達成度は、「やや遅れている」と評価した。なぜなら本年度の主たる研究対象として掲げた、19世紀前半の労働者によるプロテスト詩を探索したところ、そこには当初の予想とは異なったプロテストの姿が描かれていて、いわば虚を突かれたところがあったからである。 本年度は、先行する研究者たちの道案内に従い、ローウェル紡織工場の文藝誌『ローウェル寄稿集』を調査したが、驚いたことに、そこには女工たちの苦悩や告発よりむしろ、自然とのふれあいや篤い信仰心が歌われていた。これは19世紀の代表的女性詩人たちの作品傾向と大差がない。労働争議が起こったときでさえ、訴えたのは、自分たちの誇りであり、イギリスからの独立を勝ち取った父祖たちにならう気概であった。
|
今後の研究の推進方策 |
本年度の研究で明らかになったとおり、プロテストとは何かという根本的問題をまず問い直す必要がある。 市民によるプロテストといえば、反奴隷制運動や、女性解放運動、労働組合運動のような、従来の体制や因習を破壊しようとする運動を想起しやすい。その運動家たちは、いわば社会のアウトサイダーとして社会の外から社会へ揺さぶりをかける。けれどもローウェルの運動はちがう。それは非暴力的で穏健というだけでなく、もっと理想を求める誇り高い運動であり、同時に、同じ社会の一員、社会のインサイダーとして同じ社会に訴えかけようとするプロテストだった。 次年度は、このようなプロテストそのものの考察から始め、そこから詩そのものの分析を進めたい。
|
次年度使用額が生じた理由 |
二度の海外出張を実施したが、はからずも校務と重なってしまい、当初の計画よりも滞在期間を短縮せざるをえなかったため。
|
次年度使用額の使用計画 |
次年度使用額は、本年度にやむをえず発生した未使用額であり、平成28年度請求額と合わせて、平成28年度の研究遂行のため有効に使用する予定である。
|