研究実績の概要 |
平成29年度は、平成28年度に行ったChiori Miyagawaの『女殺油地獄』の翻案戯曲Woman Killerに関する研究発表に基づき、学会誌『アメリカ演劇』に研究論文を発表したことが主な成果として挙げられる。主にトラウマ体験と暴力という観点から同戯曲を読み解き、近松門左衛門の『女殺油地獄』との比較を試みた。 さらに、本論においては、Miyagawaの戯曲を、アメリカ演劇の一つの伝統である「家族劇」を解体する試みとして分析した。本戯曲に描かれる親子関係の葛藤は、アメリカ演劇の古典的作品と評されるTennessee Williams, Arthur Miller, Edward Albeeの戯曲にもみられるものであるが、主人公ClayによるAnneの殺害は、人間の暴力に対する秘められた願望を象徴する。彼の暴力は、決して得ることのできない恋人との永続的な関係を求めるためのものであるように見せながら、その行為によってその関係が決して現実にはならないことを露呈する。つまり、この戯曲に描かれる暴力は、幸福な家庭、永続する人間関係というものが、実は「そこにはない」、「未完成なもの」であることを暴露するという意味において、戯曲のテクストという「亡霊」を掘り起こす行為との共通点がみられる。しかしながら、本戯曲におけるWalterとClayの霊的とも言える父と子の繋がりは、過去から現在へという歴史を象徴するものであり、そのような意味においては、戯曲のテクストに書かれている言葉を常に掘り起こし、蘇らせる演劇の象徴として、家族という要素が本戯曲で機能しているとも考えられる。 さらに平成29年度には、アメリカ演劇における暴力、トラウマ、家族というテーマをさらに掘り下げるために、Velina Hasu HoustonおよびSam Shepardの戯曲に関する論文をそれぞれ学会誌に発表した。
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