研究課題/領域番号 |
15K02367
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研究機関 | 同志社大学 |
研究代表者 |
藤井 光 同志社大学, 文学部, 准教授 (20546668)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 翻訳 / 現代英語文学 / 難民 / 第二言語での創作 / 翻訳史 |
研究実績の概要 |
本研究の二年目における成果は、雑誌『文学』に掲載された論文「オリジナルなき翻訳の軌跡:ダニエル・アラルコンとアレクサンダル・ヘモンにおける複数言語と暴力性」である。英語を第二言語とする作家たちが、複数言語を背景として創作を行う際、言語間の権力関係なり暴力性といったモチーフそのものを作品の根幹に据えて物語を組み立てていることを論じている。それはすなわち、彼らの創作はそれ自体が「翻訳」であると同時に、翻訳される「オリジナル」が不在のものとされ、その不在に暴力の痕跡が示されるという形を取っている。 当該論文で得られた知見は、英語で書かれた現代文学の様々な局面でも見ることができる。その一例として、ロンドンの「不法移民収容センター」に収容されていた移民・難民たちの体験談をイギリスの作家が物語化するというプロジェクト、『Refugee Tales』がある。非英語圏からイギリスに渡って拘留された彼らの体験を英語に「翻訳」するという試み自体が、上記のような複数言語間の暴力を孕んだものにならざるをえないからである。こうした問題を提起するべく、雑誌『早稲田文学』に『Refugee Tales』から三つの短編を翻訳掲載した。 こうした翻訳と創作をめぐる問題が集中するのが、中東をはじめとするアラビア語圏出身の英語作家たちである。2017年1月の中東現代文学研究会にて、「ハサン・ブラーシムの非情/非常世界」と題し、イラク出身の作家ブラーシム、およびレバノン出身の作家ラビー・アラメッディンの作品について、翻訳が大きな主題となっていることを中心に報告を行った。 また、アメリカ文学における翻訳的側面の研究に伴い、日本におけるアメリカ文学の翻訳史、および日本の文芸翻訳の歴史についても整理する機会を得た。前者はアメリカ学会編纂の『アメリカ文化事典』(近刊)、後者は『文芸翻訳入門』(2017年、フィルムアート社)にそれぞれ寄稿している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初はアメリカ文学に集中する形での研究を予定していたが、翻訳文学としての創作という現象が現代のアメリカにとどまらず、イギリスなど英語圏の創作全体に広がる問題であることを検討するに至ったという点では、研究は予定よりも早い進展を見せている。その一方で、アメリカ文学における複数言語作家たちの体系的検討はやや遅れているのが現状であり、当該年度は予定していた作家へのインタビューも実現しなかった。研究の理論的な枠組みに関しては順調に進行しているため、アメリカ文学を含む現代英語文学論として研究を再定義する必要が生じていると認識している。
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今後の研究の推進方策 |
グローバル経済の進行が、英語を日常言語とする中上流階級を世界各地に生み出している現状を踏まえるならば、現在「世界文学」と呼ばれている批評の枠組みもまた、その力学において理解されるべきである。そのことを踏まえて現代アメリカ文学をグローバル文学の一局面として捉え直すような試みが必要だと言える。本研究の枠組みを以上のように修正した上で、アメリカと世界各地の文学が21世紀にどう呼応しているのか、各国文学の研究者たちとの意見交換を試みることが必要だと考える。また、小野正嗣ら日本の小説家が難民の物語を語ろうとする現象とも積極的に接続を図っていきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初はイギリスでの『Refugee Tales』出版の経緯やそれに伴う文学的背景に関して、ロンドンおよびクローリーにて、当アンソロジーの出版に関わった編者の二人に2016年12月下旬にインタビューを行う予定であったが、スケジュールの都合により、2016年度にそれを執行することができなかった。その代替となる学会出張などの予定を組むことも間に合わなかったため、2016年度に執行できない金額が生じたものである。
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次年度使用額の使用計画 |
「世界文学」の枠組みに対して、むしろその中で発生する力学を問い直すような作品を発表する作家たちへのインタビュー活動を2017年度に行い、本研究および今後の研究への足がかりとしたい。具体的には、アメリカ作家Anthony Marra、ブルガリア出身の作家Miroslav Penkovらにインタビューを行うことが、現段階での予定である。 また、国際学会にも発表の場を持ち、英語圏の研究者たちとの意見交換の場を得たいと考えている。
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