研究実績の概要 |
本年度は「学校」を舞台とした小説や「聖職者」を扱った小説を検証し、そこに描かれた社会表象を通して、当時のアイルランドにおける「階級問題」をあぶりだしたことが主たる成果である。 Catherine Candyの_Priestly Fictions_ (1995)は聖職者を扱った小説や農村を舞台とした作品についての研究書であるが、本年度もここで扱われた作品の掘り起こしを、前年度に引き続き行った。検証対象としては、George Mooreに加え、Canon Sheehan, Gerald O’Donovanの短編・長編を、新たに対象に加えた。特に「農村社会」を舞台にし、当時の階級事情を反映した作品であるO’Donovanの_Father Ralph_ (1913)を精査する作業に多くの時間をかけることになったが、「地主」「土地持ち農民」「小作人」の関係が鍵となる、農村の階級事情を理解できた点という点で、非常に有意義な成果が出たように思える。 同じく「聖職者」と「学校」という題材を作品の随所に取り入れているのがCanon Sheehanである。20世紀初頭のアイルランドの中流階級を理解するうえで欠かせない資料として、当時の知識人家庭において必ず読まれていたSheehanの代表作_My New Curate_ (1900)をはじめ、彼のいくつかの小品について考察を加えた。ただ作品群が多く、中流下層階級の思想形成の背景をこれらの著作から探り出せた面はあるものの、若干未消化な面があった点は否めない。 3年間の研究中、20世紀初頭のアイルランド小説を比較・検証することで、中流上層階級に属するカトリック教徒の価値観と中流下層階級のそれとの違いを明らかにし、アイルランド文学作品の社会的背景を理解するうえで、新たな一面を提示できたことは意義のあるものであったと言えよう。
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