研究課題/領域番号 |
15K02374
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研究機関 | 倉敷市立短期大学 |
研究代表者 |
安達 励人 倉敷市立短期大学, その他部局等, 学長 (60249555)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 視聴覚翻訳 / 音響 / 沈黙 / 映画 |
研究実績の概要 |
2018年度までに取り組んできた視聴覚翻訳での非言語的要素の脚色研究において、今年度は詳細な事例の検討に基づく質的分析を進めた。具体的には、第30回日本アカデミー賞で優秀録音賞を受賞するなど、音響面で高い評価を受けている邦画「武士の一分」と、その英語版Love and Honorを取り上げ、音声要素を比較分析した。まず、2つの作品の沈黙の位置や数、長さの比較だけでなく、沈黙の形成に影響のある背景音楽や効果音、パラ言語の音圧変化に関する実証データを記述的な方法を用いて収集した。次に、英語版の制作現場の状況を知るために、Love and Honorの音響編集担当者へのインタビューを行い、これを参照しながら、日英両バージョンの音声に関する特徴の抽出した。そして、これらのデータに基づき、英語版の制作過程で背景音楽や効果音、パラ言語に脚色が加えられた理由について考察した。 その結果、文化依存度の高い日本語を借用語としてそのまま使用するなど、言語面では忠実な翻訳が行われている一方で、音声面では、英語版の音響編集担当者からの情報とは異なり、特定の効果音の消去や背景音楽の音圧の増減など、ローカライゼーションのための様々な脚色が施されていることが実証された。こうした音声面の操作の背景には、静かな邦画というステレオタイプを明瞭化しようとする意識が働いた可能性が示唆がされた。映像やセリフに比べて、音声面の脚色は観客が気づきにくい要素であるがゆえに、背景音楽や効果音の操作が知らず知らずのうちに作品の雰囲気を変えることがあり得る。本件から、視聴覚翻訳における非言語面の調査研究の重要性を裏づける結果が得られたと考える。 この研究結果の一部は学会で口頭発表した。そこで得られた指摘や助言に、その後の研究成果を新たに加え、論文にまとめた。英文チェックが終了次第、翻訳領域の国際学会誌に投稿する予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
前年度までは、日英両バージョンの沈黙に関するデータベースを構築すると同時に、言語別・ジャンル別の観点から量的研究を進めてきたが、今年度からは、質的研究の段階に入り、具体的な事例の分析に着手した。 前年度までの研究から、邦画が英語に吹き替えられる場合、作品中の沈黙数が減少する傾向があることが明らかになっている。ところが、「武士の一分」では逆に、翻訳版の方が沈黙数が多いことから、視聴覚翻訳における音響操作をより明示的にとらえることができる可能性がある。背景音楽と効果音、パラ言語の操作が沈黙の増加にどう作用したのかを具体的に検討し、英語版の音響編集担当者へのインタビューから得た情報を批判的に参照しつつ、英語版で音声操作が施された意図と影響について考察した。 その結果、英語版の音響編集担当者からの情報とは異なり、英語版には削除された音や加えられた音などが数多くあることが明らかになった。特に、音声の削除と音圧低減の影響が大きく、予備研究で明らかになった沈黙数の増加はこれに起因することがわかった。さらに、こうした音響操作の目的として、邦画らしい雰囲気の強調、映像と音声との調和、音声同期の順守、そして抒情性やドラマ性の創出の4つのローカライゼーションを指摘した。 本研究によって、言語面では忠実な翻訳姿勢を示す作品であっても、音声面には様々な脚色が加えられているという、視聴覚翻訳における言語面と非言語面の翻訳方略のねじれの存在を示すことができた。さらに、音声要素のローカライゼーションの背景には、起点文化のステレオタイプを再生産しようとする意識が働いた可能性が示唆された。今後は、論文の刊行を急ぐとともに、取り扱う作品数を増やすことで、音響操作の目的として指摘した4つのローカライゼーションの普遍性についての検証を進め、より豊富な実証データに基づいた理論の構築をはかりたい。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度にあたる今年度は、アメリカ映画と日本映画の翻訳過程における沈黙処理に関する研究の総まとめに取り組むとともに、これまでの集大成となる研究成果の公開を行う。 まず、2018年度に取り組んだ、背景音楽や効果音、パラ言語の音圧変化に関する成果を論文として発表する。さらに、こうした音声要素の脚色に関する実証研究を踏まえて、本研究全体から得られた沈黙の様態とその変化に関する成果を、目標言語やジャンルの差異を踏まえて整理する。そして、視聴覚翻訳研究における本研究の位置づけや価値,意義を再検証した後、視聴覚メディアの吹き替えにおける沈黙を含む音声要素全体の脚色に関するこれまでの知見を総括するために、今年度中に論文を刊行する計画である。
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次年度使用額が生じた理由 |
2018年度に予定していた学会での口頭発表および論文の刊行を延期した結果,研究費に未使用額が生じたが,2019度に実施予定であることから,当該未使用額を次年度に計上するものである。当初の研究計画のうち遅れている部分の費用に充てることになるため,全体の研究計画に変更は生じない。
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