研究課題/領域番号 |
15K02379
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
田口 紀子 京都大学, 文学研究科, 教授 (60201604)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 仏文学 / 歴史叙述 / リアリズム |
研究実績の概要 |
平成28年度に計画していた、ヴィクトル・ユゴーの『パリのノートル=ダム』の分析を行い、以下の実績を得た。 1.作品の演劇性:「今をさかのぼること348年6ヶ月19日前」という現在時からの回顧で始まるこの作品は、歴史小説でありながら、現在のパリとその住人である「語り手」「読者」の視点から構成される、「現在」を読み解くための過去の検証の物語である。そのために語られる事件は「現在」に再現される演劇的シーンとして描かれる。特に小説の第1編は、自作の聖史劇を上演するべく奮闘する劇作家グランゴワールが視点人物となり、観客である庶民、学生、浮浪者やならず者、貴族や聖職者という多様な階層の人物たちが登場するが、同時に「語り手」が「読者」に呼びかけることで、読者自身も聖史劇の「観客」として物語世界に組み入れられる、言語行為的紋中紋の構造になっている。 2.頻繁に差し挟まれるパリの建造物についての歴史的概説はこの作品の大きな特徴であるが、単純過去を用いた <histoire>のいわゆる「歴史叙述」ではなく、現在形、半過去形と読者である「あなた」(「もしあなたが○○すれば○○が見えたはず」、など)を用いた<discours>の時制で語られる。 その意味で、これらの歴史的記述は、あくまでユゴーが生きた時代のパリとその「現在」を解き明かすための過去への言及である。したがって、ここでも語りの現在時を基軸とした物語の演劇的提示は維持され、読者は事件の「証人」としての機能をもつことになる。 以上の分析作業に加え、平成27年度の研究成果を「フランス・ロマン主義演劇と歴史叙述」として論文に発表した。その執筆過程で27年度に積み残した課題であるロマン主義歴史記述の分析の一環として、チエリーの『イギリス革命史』のクロムウェルに関する記述をユゴーの劇作品『クロムウェル』と比較し、その民衆の描き方の類似性を指摘した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成28年度に予定していたユゴーの『パリのノートル=ダム』の分析を行い、上述の通りその演劇的構造と現在時が基軸となっていることを明らかにした。特に現在時(discours)が語りの基盤となっていることは、物語の言語行為的性格を強く示すものであり、写実主義小説の演劇性を跡づける強力な指標になり得るものと考えている。 ただ、当初予定していた作者の歴史観との関連については、小説世界内の「語り手」とユゴー自身との偏差がまだ整理できていないために考察を延期している。この問題は王党派のヴィニー、自由主義者のメリメ、政治的態度を王党派から自由主義に変えつつあったバルザックらが、それぞれ1820年代終盤の王政復古末期に著した歴史小説において、作者と「語り手」の偏差を明らかにする過程であらためて検討したい。
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今後の研究の推進方策 |
29年度からは本プロジェクトのテーマである写実主義小説の分析を進める。 29年度は1829年に歴史小説『フクロウ党』を発表した直後の1830年のバルザックに焦点を絞り、歴史的事件、特に王政復古期に舞台を設定した作品を中心に、『ソーの舞踏会』『恐怖時代の一挿話』『栄光と不幸』(後の『鞠打つ猫の店』)を分析対象とする。その演劇的構造を抽出するにあたり、特に語り手の政治的立ち位置と、作品内で仮想された読者の機能に注意を払う事で、演出された「演劇」の性格と意味を明らかにすることを目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成26年度に予定していたフランスでの資料調査が諸般の事情で平成27年度に延期されたため。
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次年度使用額の使用計画 |
フランスでの資料調査を平成27年度に行う。
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