本研究は19世紀フランス文学において3人称リアリズム小説が成立した経緯を、作品内に演劇的構造を措定することにより解明したものである。語られる事件は「舞台」上で繰り広げられ、それを「語り手」と「聞き手」が観客として鑑賞する構造をとることで、3人称の「語り手」のみが持つ全知・遍在性が可能となる。この「語り手(=作者)」と「聞き手(=読者)」は同時代のパリ市民の属性を備えている。リアリズム小説で目指されているのは客観的な社会描写ではなく、彼らの視点から見た「リアル」な社会なのである。「リアリズム」とは同時代の観察者の主観に媒介されたものとしてはじめて可能となったことを示した。
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