本研究は、エメ・セゼールの世界性と今日性を解明するにあたって、比較文学的な視点が当初の予定よりも広く用いられた。一つには、日本におけるフランス語圏文学研究の蓄積が充分でないため、他の研究者との連携が必要とされ、モノグラフィー的研究以上に比較論的視点を重視せざるをえなかったことがある。本研究では、従来のネグリチュード研究の枠を出て、今日の世界化の状況を大きな枠組みとして、特に『帰郷ノート』『奇跡の武器』をとりあげつつ、彼を取り巻いていた文学的〈界〉の解明が作品研究に寄与するという視野から、他地域の同時代文学者や、相前後する世代の文学者との関係や相違の研究を通して課題に取り組んだ。具体的には、ケベックの詩人ガストン・ミロン、ハイチの詩人ルネ・ドゥペストル、雑誌『プレザンス・アフリケーヌ』とその創刊者アリウヌ・ジョップ、少し下の世代に属するエドゥアール・グリッサン、ハイチ出身のダニー・ラフェリエールらとの相関と比較である。その研究発表の機会に、関連した翻訳出版の依頼が出版社からあり、幾つかの翻訳企画が並行している。文学の場合、翻訳によって研究が深まることがある。現在、ガストン・ミロンを含むケベック詩アンソロジー、ドゥペストルやラフェリエールの小説、グリッサンの評論などが、主に共訳の形で進行している。 比較研究を一つの軸にしてセゼールの先駆性を浮き彫りにしようとしたことは、フランス語圏関係の研究者との交流を拡大した。特に、当該科研費を利用して実現した国際コロック「世界文学から見たフランス語圏カリブ海――ネグリチュードから群島的思考へ」(2018年3月末)は、内外の主要な研究者を一堂に会した大がかりな研究集会となった。幸い、フランス大使館および日仏会館の協力もえて、聴衆が100人を越える規模となった。その報告書の出版を引き受ける出版社が出てきて、年内の出版を目指して準備が進行している。
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