本研究はフランス文学史、特に詩の研究において欠かせない"lyrique"という概念がルネサンス期に導入された過程を精密にたどり、ギリシア古典文学の文献学的研究を行った学者たちと一部の博学な詩人たちが、いかにその語のギリシア的な意味での"lyrique"のありかたを理解し、または誤解し、その後自らがフランス語において目指すべき詩の方向性を定めて行ったのかを考察するものである。最初に16世紀当時の主要な古典学の文献、つまり各種エディションや注解類、古典学研究に関する雑記類を丁寧に検証し、当時の古典学者における"lyrique"理解の歩みをできるだけ実証的に跡づけることを試みた。特にロンサールやバイフなどプレイヤッド派詩人たちの世代に重要なギリシア語テクストを提供している古典学者アドリアン・デュルネーブが出版したいくつかのギリシア詩のエディションの検討を行い、またそうしたエディションや諸注解を通してギリシア詩を学び、それを踏まえて新しいタイプの詩作を始めた若き詩人たちにおける"lyrique"概念の発生と展開を探った。ホラティウスを中心とするラテン文学経由の"lyrique"概念の展開についてのNathalie Dauvoisの研究、16世紀のフランス詩人の中でもっとも象徴的な役割を果たしたロンサールにおける"lyrique"概念の成立とその展開についてのBenedikte Andersonnの近年の重要研究を参照しつつも、本研究はそれらの研究では論じ尽くされていないもう一つの重要な水脈として、プレイヤード派の詩人の中でも最もギリシア語との関わりが深く、本来のギリシア的なlyriqueのあり方にこだわり、韻律やリズム・音楽との関連といった水準においてもそこに近づこうと試みたジャン=アントワーヌ・ド・バイフの具体的な作品の分析を行い、そのlyrique概念の独自性を指摘している。
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