本研究では、18世紀後半の家庭劇に注目し、私的な愛の関係性のはらむ政治性がこの時代の文学テクストを媒体としていかに展開し、またテクスト自体をいかに規定したのかについて探ってきた。具体的には、レッシングやシラー、またヴィーラントにおける親密領域の描写を分析し、そこに、道徳的な政治主体の構築という問題意識がどのようにすくい取られているかを明らかにしてきた。その際、特に同時代の市民知識層によるコスモポリタニズムとパトリオティズムの展開に注目し、これらの潮流と関連させながら、個々の作品における愛の描写を分析してきた。最終年度においては、特にヴィーラントの言説に注目し、彼のコスモポリタニズムにおける親密領域の意義について考察した。まず、1788年の『ドイツのメルクーア』に発表された論説「コスモポリタン教団の秘密」を分析し、ここで、社会の中で生きつつも社会の流れとは一定の距離を保ち続ける、「社会の中のコスモポリタン」としての生き方が提示されていることを明らかにした。次に、このような「社会の中のコスモポリタン」という考えが、「コスモポリタン教団の秘密」から10年後に書き始められた長編小説『アリスティッポス』においてより具体的なかたちで提示されていることを指摘し、「社会の中で生きつつ社会の流れからは距離を保つ」というヴィーラント的なコスモポリタニズムを実践するにあたって、私的な親密領域が決定的な意味を持たされていることを明らかにした。この研究の成果を、平成29年独文学会春期研究発表会において口頭発表した。さらに、研究期間全体の成果をふまえて、近代化の過程における親密領域の政治的意義について改めて包括的に考察し、著書にまとめた。
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