「生命現象は物理・化学的に還元可能で、因果論的な法則性に従う」といった機械論的生命観が支配的であった19世紀末に登場した「異端の生物学者」ハンス・ドリーシュ(1867-1941)を研究対象とし、ドイツにおいてはともかく、日本においてはほとんど知られていないドリーシュの生命観ならびに哲学を思想史の中に定位することを目標とした。 ドリーシュは、生命には物理・化学的には説明できず、物質でもエネルギーでもない「エンテレヒー」という因子が空間外から作用し、生命はその作用のもとで、因果論に関係なく、目的論的に発生すると主張した。アリストテレスの「エンテレケイア」に由来する「エンテレヒー」をもってドリーシュは、機械論に対して生気論(Vitalismus)を、因果性に対して目的論(Teleologie)を打ち出し、生物学の一部である発生論者から哲学者へと変貌していく。 ドリーシュの生気論ないし「新生気論」(Neovitalismus)は、DNA二重らせん構造の解明者のひとりであるフランシス・クリックが徹底的に批判しているように、機械論的自然科学から見れば、「撲滅すべき迷妄の典型」と言われ、生物学においてはほとんど抹殺されているが、科学史・生命倫理を専門とする米本昌平は、ドリーシュの再検討が必要であるという立場にある。 本研究はこれまで申請者が続けてきたグスタフ・フェヒナー、エルンスト・ヘッケルに続き、哲学者となった科学者の系譜をドリーシュに見、自然科学が自然哲学に変貌する様相、特にドイツにおいて顕著なロマン主義的な自然哲学に変貌する様をつぶさに観察したものである。反機械論的で有機的な世界観を特徴とするロマン主義の系譜(ないし「残滓」)をドリーシュにも読み込み、フェヒナー、ヘッケル、ドリーシュという3名の「ネオ・ロマン主義的自然哲学」の隠れた水脈をトレースできたことが最終的な成果である。
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