1) 昨年度に続く研究の成果により、「移民文学」という概念が、「労働者文学」や「異文化間文学」に先立つ歴史のある概念であることが明らかとなった。文化人類学的視点から「移民文学」という概念を捉え、諸テキストを文化交換や文化の多重性という観点から、すなわち、故郷の文化との取り組みや受け入れ先文化への同化、複数の文化のハイブリッド性などの観点から分析することができた。しかし、ドイツ語による移民文学とドイツ語圏現代文学の境界は非常に曖昧である。例えば、オーストリア人作家でありながら、日本的主題や人物を描いているミレーナ=美智子・フラッシャールの作品は、ドイツ語圏現代文学と見なされると同時に、作家自身の移住経験がないにも関わらず、作品の文化的多重性から移民文学と見なされている。このような作品には、複数の文化の混合が特徴的な「トランスカルチャー性」が認められ、「トランスカルチャー文学」という概念を用いる方がふさわしいことが明らかになった。 2) 1933年から1945年までのドイツ語による亡命文学のテキストにおいては、文化交換の問題が取り扱われている。今年度は、ある文化圏から離れるという空間的流動性と亡命の結びつきという問いのもと、3本の口頭発表を行った。これらの発表では、ドイツ語による亡命文学の代表作であり、1933年から1943年にかけて執筆、出版された四部作小説、トーマス・マンの『ヨセフとその兄弟』を取り上げ、その成果を2本の論文として発表した。 3) 昨年度に続き、今年度も毎月、「文化接触」研究会を開催し、流動的な要素と、比較的安定した「場所」とが組み合わさった「空間」という観点から分析を進めた。10月7日、8日には学習院大学にて国際コロキウムを開催し、ドイツ、オーストリア、韓国、日本から20名の発表者が研究成果を報告した。現在、これらの発表を論集とし、出版準備を進めている。
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