本研究は京派詩人の〈倫理的なもの〉を主に京派の理論家朱光潜の美学概念を通して再考するものである。平成27年度は、朱光潜の代表的美学著作『悲劇心理学』の前半部を精読し、西洋哲学の影響と受容について考察した。代表者は西洋古典学の分担者と同書英文版と中文版の読み合わせを行い、基本概念の分析を通して朱光潜の問題意識とその方法に検討を加えた。その結果、重要な基本概念としてaesthetic sympathy(美的共感)に注目すべきことが分かった。また、京派の代表的詩人馮至の〈倫理的なもの〉についての論考を完成させた。 平成28年度は、朱光潜『悲劇心理学』後半部を精読し、彼の〈倫理的なもの〉と〈美的体験〉をつなぐキー概念として、さらにPsychical Distance (心理的距離)とkatharsis (カタルシス)に注目すべきことが明らかになった。また、夏期には英国ケンブリッジ大学の周作人研究者Dr. Suzan Daruvala氏(Department of East Asian Studies)を訪問し、京派美学に関する研究上の知見を交換した他、同大学キングズコレッジ・アーカイブにおいて、広義の京派作家である葉君健がジュリアン・ベルに宛てた英文書簡を発見し、1930年代の〈京派〉作家と英国文学者の交流の一端を知り、整理する機会を得た。 最終年度は、研究成果を内外に発信する機会を多く持った。分担者と朱光潜『悲劇心理学』に関する論文を共同作成した他、8月に中国文芸研究会(京都)で研究報告「京派の〈異郷〉――朱光潜・馮至・卞之琳における西洋詩学」を行い、11月に中国北京でのシンポジウム「新詩百年:中国当代新詩理論批評研討会 」では「“切身”而又“有距離的”:“心理的距離”説与読者閲読批評」と題する研究報告を行い、京派文学研究のための新たな視角を提示した。
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