研究課題/領域番号 |
15K02463
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研究機関 | 福岡大学 |
研究代表者 |
熊木 勉 福岡大学, 人文学部, 教授 (70330892)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 呉章煥 / 尹東柱 / 金鍾漢 / 金圻洙 |
研究実績の概要 |
平成28年度においては、第一に、前年度に収集した金鍾漢や金圻洙の詩を検討する作業に取り掛かる予定であったが、平成27年末に慰安婦に関する日韓合意がなされたことから、個別の日本語詩のみならず、時代とも関連しうるテーマとして慰安婦や人権にかかわる資料の収集、読み込みなどを行うことで、太平洋戦争下における朝鮮の状況を詩にとどまらず人権の視角からあらためて見直す必要を感じるに至り、それに関する作業を行った。そのことで文学にのみ集中することで視野が狭まりがちな研究の幅を広げ、時代を立体的にとらえることを試みようとした。したがって、平成28年度は前年から引き続き太平洋戦争下の新進朝鮮人詩人たちの資料を収集するとともに、慰安婦問題を中心として人権の問題についての理解を深める作業を行ったということになる。 慰安婦問題に関する検討については、太平洋戦争下という時代にのみ限って論じることは不可能でより広い幅から検討を行うこととなった。これをテーマにした講演も行い、また平成29年5月に慰安婦関連の文学に関して論文を発表することとなっている。 一方で、太平洋戦争下で朝鮮語で最後まで詩を書こうと苦悩した詩人・呉章煥の1930年代半ばの日本語詩を10編程度、あらたに発掘することができた。これについては、韓国で紹介、韓国のマスコミで報道もなされることとなった。この作業で分かったことは、呉が日本語で詩を書くだけの語学力を確実に有していたこと、しかしあえて太平洋戦争下で日本語詩作を行わなかったことである。また従来未発表とされていた詩「戦争」の一部分が、日本語で発表されていたことを確認できた。さらには 講演という形ではあったが、1940年代の詩人として重要な存在である尹東柱の人生と詩、内面的な葛藤とその変容について述べ、尹東柱の文学の再整理を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
平成28年度に予定していた金鍾漢と金圻洙の作品の検討が、作品の十分な整理まで及ばなかったことと、金圻洙の経歴がいまだ正確につかむことができなかったことから、両者ともに論文としてまとめるだけの進展を得ることができなかった。金鍾漢については一定の先行研究があり、それらを読み込む作業はおおむね終了したものの、彼なりの文学の個性の把握や、改作の変遷なども含めて、詩の変遷や作品内容の再考を要する部分が少なくなく、論文としての構想まで絞り込む段階には至らなかった。 また、太平洋戦争下の文学に関する研究論文がこの数年でかなり増えており、その確認にも追われた面があった。本来進めたいと思っていた中堅以上の詩人たちの太平洋戦争下の文学への姿勢についても、膨大な作品を整理する必要があり、想定した以上の時間がかかっている。 ただし、太平洋戦争下の文学を考える前提として、ちょうど平成27年末になされた慰安婦問題の日韓合意を受けて行うこととした人権問題の研究の確認作業は、当時の状況や文学を考えるにあたって一度は踏まえておく性質のもので、これについては一定程度の知見と成果を得ることができたものと思われる。 何はともあれ、現在、新進詩人たちの資料をまとめる段階にあり、まずはそれを仕上げ、さらに中堅詩人たちの膨大な資料を整理する段階にようやく至った感がある。 検討の対象時期をかなり広くとっているために、着実な資料の読み込みとあらたな資料の確認などが常に求められ、想定以上の時間がかかっていることから進捗状況を「遅れている」とした。
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今後の研究の推進方策 |
金鍾漢と金圻洙の詩についてまずは論じたい。あわせて、当時の新進詩人たちの状況についても俯瞰してみる必要がある。それと並行してなされるのが、金龍済、朱耀翰といった中堅以上の詩人たちの資料収集と読み込みである。こうした詩人たちを総合して検討したうえで、今回のテーマである太平洋戦争下の朝鮮人詩人たちの詩と日本について、基礎的な土台が構築されることとなる。近年、この時代に対するアプローチは大衆文化、映画、歌謡その他、様々な側面から研究が深められてきている。文学は、こうした時代の雰囲気と無関係でありえない。こうした社会状況を理解していく必要も当然ながら出てくるはずである。平成28年度はたまたま慰安婦問題にかかわる日韓合意に関連して慰安婦と人権という側面を意識して関連事項として調査し、今後の研究の参考事項として補った形であったが、いずれにしても、詩にのみ集中することも大切ではあるが、太平洋戦争下の人々の生活や社会相についての理解も必要になってくるのではないかと思われる。 膨大な資料を扱わなければならないが、当初の予定通り、最低でもこの時期の個別詩人・文学者たちの論考を進め、それを広げて太平洋戦争下の詩文学から見た朝鮮と日本の姿について全体像を把握する目標と方向性には変わりはない。引き続き、一次資料を充実させるとともに個別の詩人論に順次入っていくことにしたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成29年度より所属大学が変わることとなり、福岡大学で所蔵している本研究上必要な図書のうち、新たな所属先で所有していない図書がかなりあることがはっきりしており、この図書費を補う必要があるため、あえて支出を抑えて、平成29年度の書籍購入に不便がないようにした。また予定していた海外調査の日数が少なくなったため想定ほどには予算を使用しなかった。
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次年度使用額の使用計画 |
所属大学の変更に伴う研究遂行上必要な図書の購入が一定額あるものと想定される。また、調査出張も予定しているが、これを除いても新たに研究環境を整える必要があり、想定外の必要な出費も勘案しながら予算の使用を考えたい。
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