研究課題/領域番号 |
15K02466
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
加藤 重広 北海道大学, 文学研究科, 教授 (40283048)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 統語語用論 / 選好性 / 非従属化 / 複雑適応系言語学 / 情報構造 / 構文推意 / 語彙推意 / 過剰な文脈 |
研究実績の概要 |
理論的基盤となるものとして,語用論的研究における「演繹的文脈」の実相についての解明を進め,帰納的文脈との対比を通じて,文脈創成と事前段階における「過剰な文脈」という考え方を確立している。これは従前の合理的な文脈論(最小コストと最大アウトプットの調整)という考え方とは異なる対立軸の枠組みとなっている。過剰な文脈はいわば無駄な文脈の創成でもあり,それによって解釈を誤る可能性も生じるが,推論や理解の誤りも含めて人間的な言語運用ストラテジーである。枠組みは既に論文化しているが,細部を具体化した成果も近く発表すべく準備を進めている。 統語的な修飾現象と語用論の関係については,日本語の関係節についての知見を軸に研究を進めた。日本語の関係節構造の成立が,言語形式だけで予測可能なものでないことは夙に指摘があるが,それを言語類型的な整理とあわせて,日本語については,語用論的な要因の関与が大きいことを示した。これは既に口頭発表しているが,論文化して成果とする方向で準備を進めている。 非従属化(いわゆる言いさし現象)は,左方主要部型の西欧語と異なり,右方主要部型の日本語の場合は,線条的な配置の上で構造確定(=クロージング)の時機が遅くなることから,構造がオープンな時間が長いことなどが大きく関与している。これは,英語やドイツ語の非従属化では説明されない点であり,この特性が日本語に付加型の非従属化を可能にしたことは既に分析済みであるが,加えて,引用辞の付加による発話の閉じ込めが見られることを指摘した。この発話の閉じ込めは,他者や話者の感情的な真意表明を単なる伝達形式に閉じ込めることから「発話のカプセル化」と呼称している。これは,日本語においてメタ的な引用形式が全体として名詞化する統語特性と共通する面を持っていることが解明できている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
研究計画に沿って進捗しており,特に,「統語論や文法論を語用論と統合して複合的視点から分析する枠組みとしての統語語用論という枠組みの設計」については初期段階に到達し,あわせて,文脈復元と文脈創成の考え方についても「演繹的文脈」と「過剰な文脈」という考え方を基本的方向性として提示しており,計画に遅滞なく進捗している。個別のテーマに関しては,連体修飾現象と語用論の関わりについての現象と理論は整理できており,次の段階に進めるべく分析と論考を重ねているので,他の「選好性」に関わる研究成果と総合する形で成果を発表できると見込んでいる。あわせて,非従属と非節化の実質的分析については,日本語に固有の「選好性」の観点から分析が一通り終わっているので,関連するいくつかの分析レベル(構造あるいは認知あるいは伝達ストラテジー)との整合性を確認しつつ,論文などで公表する準備を進めている。全体の計画の中で,複雑適応系との理論的整合性をはかる方向性と数量詞構文の再分析については,研究計画に照らして十分な進捗があるとは言えないので,今後は遅滞なきよう進めるよう,計画における手順を改めている。全体としては,計画段階で大きなテーマ区分として設定した4つの中核的区分((A)新たな言語研究の基盤の転換的形成,(B)日本語研究の成果を統語語用論の成果に整え,発展させて行う幅広い発信,(C)日本語に見る語用論的選好が統語規則化する方向性を論証する研究,(D)従来不十分だった語用論的データを含むデータ蓄積方法の検証と開発)のうち,((A)(B)(C)の3つにおいてはおおむね計画通りかそれ以上の進捗があり,(D)は計画に照らして若干の遅滞を認める状況にある。総合的には,8割程度の計画が予定通りかそれ以上の進展であり,残りの計画工程の状況を考えても,全体的に問題はなく,最終年度のうちに計画が達成できると見込んでいる。
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今後の研究の推進方策 |
焦点につごう4通りの区分があることは既に日本語の情報構造の分析(既刊業績)の中で提示しているが,研究最終年度においては,これを更に推し進めて,脱焦点化・序列化・限定化・排他などとの関連で論考を深め,全体を俯瞰できるレベルまで整理を進める。 また,初発段階のアイディアにとどまっている複雑適応系理論の言語学への取り込みについても,実質的な分析が可能になるよう,分析例を提示し,また,今後の研究テーマの可能性を探ることにしている。 日本語の統語における語用論的選好については,すでにいくつかの現象の分析が済んでいるので,それらを統合できる原理を提案できるように研究成果をまとめる。それによって,従来感覚的に経験知として語られることの多かった事象をより科学的に記述することを目指す。あわせて,日本語の語用論的選好性が明らかになれば,他言語との対照を行うことで,対照語用論のテーマとして提案できる素材がいくつか得られると考えている。本研究の範囲内では,関係節構造・連体修飾節構造の対照であるが,これをさまざまな言語に拡張して行くことで,一般言語学や言語類型論への貢献の可能性を探りたい。 語用論的なデータを分析処理するしくみについては,指示と照応の原理をデータ分析に活用する方法の可能性を検証する。日本語の研究の中では,非従属化や数量詞文などの分析が比較的利用しやすいが,それらが他言語との対照においても,有効に活用できるかも含めて,広汎な言語現象を記述しながら分析を重ねる。そのうち,今後の研究のおいて,研究成果を確立することが見込めるテーマと明確な研究実績を提示するには困難が予想されるテーマについて,研究テーマのトリアージを進める。
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次年度使用額が生じた理由 |
資料として購入する図書の刊行が遅れたことで,年度内に納入されなかったものが一部あったため。
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次年度使用額の使用計画 |
刊行が送れていた図書は今年度にいずれも購入できる見込みであり,他は当初計画通り,物品費・旅費・その他の費目で執行できる見込みである。
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