本研究では,当初計画に掲げた4つの研究課題のうち,第1点(統語論と語用論をつなぐ統合的な枠組みの基盤を構築し,その機能的有効性を検証して,提案すること),ならびに,第2点(従来の日本語研究の成果を発展させながら,グローバルに寄与する成果になるように,語用論の観点から考察をおこない,主に「焦点と情報構造」に関する知見を確立すること),第3点(日本語における語用論的な選好性に関して,連体修飾・非従属現象・脱文法化などについて,知見を確立すること)については,部分的に発展させる余地はあるものの,概ね想定した段階に達している。ただし,コーパスなどの電子データの語用論的活用や数理的研究の可能性(第4点の主たる解明目標)については一定の進捗にとどまり,成果として発表するにはいくばくかの彫琢を要する状況にある。本研究で明らかになったことは,日本語では選好性から慣習化した例がかなり確定的に記述できることから,それを中核に据えた「統語語用論」という領域を確立するのには適した状況があり,それにはこれまでの記述文法の成果が活用できることである。いわゆる「言いさし文」については,非従属現象として言語普遍のなかで記述できるが,それが選好され,多用されること,多用される背景には,日本語の構造的特性が「前適応」として作用していることなどを明らかにした。また,日本語の構造特性から,非従属はいわゆる「省略」だけでなく,「付加」という操作で説明すべきことも解明した。日本語と同じような右方主要部型の言語で同じことが起こるかについては,次の段階で検証すべき内容であるが,これも構造特性が前適応として作用すると論証できる見通しは得ている。また,日本語が付加を好むことが,形式名詞を資源とする助動詞の発達(文法化)を発達させ,複合助詞の発達も促したが,後者は,さらに脱文法化の構造的資源になっていることも明らかにした。
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