本研究では、「空項」とよばれる発音されない主語や目的語の本質を解明することを目指した。空項の分析は、PF削除やLFコピーを用いた広義の統語部門での操作を用いたものが主流であるが、本研究では、これらの分析では説明できない例を示し、意味論/語用論的観点からの分析を行った。具体的には、空項は文脈で卓立した属性を表し、スコレーム化選択関数によって不定名詞的に解釈されるという分析を提案した。 最終年度にあたる29年度は、全体のまとめを行った。本研究での主な成果は以下の5点である。(1) 空項は不定名詞相当と分析されるべきであり、スコーレム化選択関数により適切な解釈が導出される。(2) 選択関数を用いるべき独立の根拠が存在する((i) 下降含意量化詞が先行詞となる場合、空項が適切に解釈されない、(ii) 中間作用域をとることができる)(3) 先行詞が存在しなくても空項解釈が可能な場合がある((i) 深層照応が可能、(ii) bridging(橋渡し)含意による解釈が可能)。(4) 先行文との間の作用域の平行性は常に観察されるわけではなく、観察されないケースはスコーレム化選択関数の使用から自然に導かれる。(5) ただし項間にみられる作用域平行性に関しては、統語的な平行性が求められる可能性がある。 ここで特に重要なのは、PF削除またはLFコピーのような統語的分析では(2)-(4)が説明できないという点である。また、(5)については、本研究期間内で統語論に基づかないアプローチを様々検討し学会等で発表したが、いずれも納得がいくものではなく、最終的には統語的平行性を受け入れるという結論に至った。その上で、空項を含む文とその先行文における作用域の平行性を保証する統語的制約は、単に空項が関わる場合にのみ成立するのではなく、英語の動詞句削除構文など省略現象一般に当てはまる制約であるということを示した。
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