研究課題/領域番号 |
15K02523
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研究機関 | 神戸市外国語大学 |
研究代表者 |
金子 百合子 神戸市外国語大学, 外国語学部, 准教授 (80527135)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 語形成 / アスペクト / 動詞 / ロシア語 / 対照言語研究 |
研究実績の概要 |
本研究ではロシア語の動詞語形成の包括的記述と、ロシア語に特徴的な意味的優勢素「限界limit」の動詞語形成分野における現れ方とその有意性を、日本語との対照において検証することが主な目的である。動的事象の提示において最も重要な品詞は“動作”をそのカテゴリカルな意味として持つ「動詞」であり、また動的事象の時間内での推移はアスペクト・タクシスという文法カテゴリーによって表される。動詞語形成は単純動詞の一般的な概念を語彙的に複合化し、それが始発動詞として持つ語彙意味を限定する。本研究は、各言語の語形成の方策に言語相対的な違いが見られるのではないか。そしてそれは言語を体系的に貫く意味的優勢素と関連づけられるのではないかという仮説に基づく。 29年度は、27~28年度の研究課題を引き継ぎ、対訳コーパスで見られるさまざまな現象を論じた。ひとつは、文学作品の語りがロシア語では動詞を中心にした「事象叙述」(益岡隆志)で進むのに対し、日本語では名詞文を中心とした「属性叙述」(同)で進むという差異について、チェーホフの『可愛い女』とその和訳10本に見られる「ノダ文」の高使用率について検討した。また、「勝つпобедить」のような到達動詞は、日本語では「勝ち切る」のように終了限界を明示する複合動詞を派生するのに対し、ロシア語では逆のベクトルで過程を明示化する派生語(臨時語)побежданиеを作る。関連して、решать(IPF)-решить(PF)(決める)のようなアスペクトペアにおいて 通常の限界到達を意味するニュートラルな完了体решитьではなく、限定継続態で形成されたпорешатьは「とりあえず決める、形だけ決める」のような意味になり口語的で話者の主観的ニュアンスが強くでる。語形成の意味拡張の方向性と各言語の意味的優勢素の性格に関連性が見込まれる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
研究代表者の体調的な理由で2017年度は通院回数が増えた結果、研究のための精神的ならびに体力的余裕がなくなり研究遂行に大幅な遅れが生じた。研究の遅れは主に研究成果の公表のための論文の執筆が当初の予定通りに行かなかったことに最も顕著に影響を与えている。だが、その研究成果は現在査読中の二本の論文で公表する予定である。また、エントリーしていた2018年4月の国際学会は開催国内でのストライキによりキャンセルすることになった。代わりに2018年10月に開催される国際学会に申し込んでおり、研究成果の国際的な場での公表の機会を確保している。したがって、研究期間を延長することにより研究を順調な軌道に載せることが出来ると考える。
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今後の研究の推進方策 |
30年度はロシア語動詞語形成体系の中でも、本研究にとって重要な“強い限界”と“弱い限界”を象徴的に表わす派生動詞グループについて、その使用の実態を記述する。具体的な対象としては、アスペクトペアの完了体項を形成する語形成フォルマント、強度結果態、限定継続態といった動作様態を扱う。例えば、решать[IPF]―решить[PF] ~ порешать[PF]のように、アスペクトペアを形成する完了体派生動詞はそれが文法的カテゴリーであることから、使用の義務性が高く、話者による表現の意図性は低く、したがってニュートラルな評価を得ると考えられる。一方で、それと並行して存在する完了体派生動詞がある場合、どのような意味分野で複合概念が形成され、表現する話者の意図はどこにあり、語彙としてどのような文体的評価を得るのかについて調査を進める必要がある。 もうひとつの課題は、ロシア語において意味的優勢素「限界limit」の反対、すなわち“劣勢”となる安定的側面(過程や状態)を表す語形成フォルマントを取り上げ、それらの使用の場面と表現と文体の特徴について、同一場面の日本語での表現のし方と対照させながら論じる。仮説では、意味的優勢素に直接関連する意味分野の語形成型はより文法的、話者の意図性は低く、評価としてはニュートラルであるが、意味的に劣勢な分野の語形成型は、無論、語彙・語形成的であり、話者の意図性が高くなり、表現力が高まり、文体的効果が大きいのではないかと考えられる(победитьとпобеждание、「勝つ」と「勝ち切る」のように)。 並行して、それぞれの言語現象の解釈についての理論的説明を補強しながら、それらの現象の個別言語内における体系的な位置づけを試みる。平成27~29年度までの研究成果を論文や国際学会等で公表していく。
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次年度使用額が生じた理由 |
29年度は研究代表者の体調的理由による研究の遅れから論文執筆ならびに対訳コーパスのデータベース作成のための資料の購入が予定通りに進行しなかったことが、次年度使用額を生じさせる主たる原因である。また、本研究にとって重要なアスペクト研究の国際学会(「テンスとアスペクトの相関性の類型学・対照言語学展望」リール大学、フランス)が2018年4月に予定されており、そのために海外出張費を使わずにいたことも理由である。 30年度は4月に開催予定であった国際会議への参加を開催国内のストライキのため断念したが、代わりに10月に行われる国際シンポジウムにおいて成果発表の機会を設ける予定である(「現代世界におけるロシア語学」ヴェリコ・タルノヴォ大学、ブルガリア)。また、現在、査読中である二本の論文は両方とも和文であり、今年度は単著欧文での論文執筆を目指す(欧文論文の校閲費用を見込む)。昨年度に引き続き対訳コーパスの充実化を図るため、文学作品(原本と翻訳)を購入する。
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