雲南における多言語情況につき,特にタイカダイ語に重点をおいて言語地図化を行った。声調については隣接するタイカダイ語族全体も含めて400地点程度の密度に上った。「雨が降る」についても語順が中国語に近いほど「降雨」型となり,中国領以外では「雨降」型となり,より古い語順を保っていることが確かめられた。また,「雨」「降る」のそれぞれの語形の通時的形成過程についても具体的な推測を行った。それを通じて,音節頭子音と主母音の間に相関が見られ,どちらが引き金となって他方の変化を惹起したかについて「より広い分布」という原則を立てた。これはマルティネの言う連鎖変化のような緊密に関連した言語特徴に関して有効な原理となるものと考えている。 また声調の地理言語学的研究として戦前の広範囲のかなり高密度の地理言語学的研究が行われている北方語につき,更に1950年代と1980年代以降の3つの時代の地図を描画する「時系列言語地図」の実証的研究を特に山東方言につき行った。また二音節の連読変調と軽声前変調のタイプについても方言地図化し,一地点だけ見ていたのでは分離し得ないそれぞれの組み合わせごとの形成年代と音声的過程について地理分布の広狭や重合情況に基づき変化過程を跡づけることを示した。また近過去の三段階の地理分布の広狭の相対的関係によって調類ごとの変化の発生順序を絶対年代とともに20年程度の精度で跡づけることができ,またその結果と軽声前変調の地理分布を突き合わせることによって軽声前変調の調類ごとの形成順序を実証的に明らかにし得た。これらは方法論的に重要な前進であり,今後諸方言・諸言語に適用できるものと考えている。 雲南諸言語の方言地図についてもスワデッシュ100語の基礎語彙に関して描画を着手している。
|