研究課題/領域番号 |
15K02534
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
室井 禎之 早稲田大学, 政治経済学術院, 教授 (60182143)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 感情形容詞 / 感覚形容詞 / 構文と意味 / 日独対照 / 脱他動詞化構文 |
研究実績の概要 |
27年度においては主として対象となる感情ないし感覚を表す形容詞(以下感情形容詞という)の選定、データ収集を行い、その意味と構文の記述を行うことを目的としていた。この課題に対しては次の成果が得られた。 1. 対象の選定: ドイツ語に関しては、Eisenberg (1976)、Sommerfeldt/Schreiber (1977)、Lee (1994) など形容詞の統語と意味とを扱った文献から、感情ないし感覚を表す形容詞を抜き出しそれを出発点とし選定を行った。日本語に関しては西尾 (1972)、細川 (1993) に感情形容詞の語彙項目のリストがあり、それを出発点とし選定した。 2. 意味と構文の記述: 選定された感情形容詞に関して、それらが表れる統語環境を確認した。日本語に5つ、ドイツ語に6つのパターンがあることが確認された。そのうち、ドイツ語の一つはマージナルなものであるので考慮の外に置くと、日独のパターンはきわめて顕著な並行関係にあることが判明した:1)感情の対象が意味的に焦点化されている場合はそれが統語的に優勢な項を占め、経験者が表示される場合は斜格で現れる、2)経験者が意味的に焦点化されている場合はそれが統語的に優勢な項を占め、感情の対象は斜格で現れる。3)中間的な場合は脱他動詞化構文に類似の統語環境を示す。 上記2の成果は感情形容詞が、伝統的に一つの意味カテゴリーとして認められている日本語だけでなく、ドイツ語においても意味上一つのカテゴリーをなすことを示唆しており、この現象の類型論的研究への道を示している。すなわち感情形容詞は意味的に下位区分され、その違いは統語環境(構文)に反映されること、そしてこれらの構文は動詞構文と密接な関係にあることが人間言語にとって普遍的な現象である可能性があり、その検証への道筋を示すことができる。。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究計画では、上記「研究実績の概要」で示した、対象となる形容詞の選定とその構文と意味との関係を記述レベルで確認することが本年度の課題であった。この二つの課題についてはおおむね達成したといってよい。 日本語の感情形容詞の選定にあたっては先行研究が利用でき、また感情形容詞固有の統語的な特徴も使うことができるので、その作業は順調に進んだ。ドイツ語の場合は固有な統語的な特徴が存在せず、また形態的にも感情・感覚を表す形容詞は他の品詞からの派生形であることがしばしばであり、選定に当たっては、意味、統語、形態の多くの観点を複合的に勘案することが必要であった。その際にコーパス分析もたびたび行ったが、そのなかで経験者の用例上の出現について興味深い現象が確認され、形容詞の選定ばかりでなく、後の意味分析においても、経験者の意味的な役割を検討する際に大いに役立った。 構文と意味との関連性の記述に関しても順調に成果が得られた。日本語についての先行研究においても同様の試みは一部に見られるが、これまで試みられてこなかった格助詞「に」の付加可能性を一つの基準とする分析によって、5つの構文パターンと意味との関連を明確にすることができた。ドイツ語においても主格、斜格の分布が意味の違いと平行していることが確認された。ドイツ語および日本語で個別に得られた結果を対照させると、両言語にきわめて顕著な平行性が確認された。このことは研究計画を変更することなく続行することで、最終的に十分な成果が得られることを予測させる。
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今後の研究の推進方策 |
27年度は主として記述レベルの研究を行い、上記「研究実績の概要」で述べたような重要な諸点を確認した。今後はこの現象の背後にある原理を理論的に解明することを目指す。 感情形容詞の構文と動詞構文との間には密接な関係があり、構文と意味との関連をより深いレベルで究明する上でこの関連性を支えている要因に踏み込むことが不可欠である。そのために、次の2点に特に注目して研究を進める。 1)統語的に優勢な項とその意味役割との関連。感情形容詞と意味的に近接している心理動詞を中心に比較検討する。その際特に問題となるのは、経験者と感情の対象との間の焦点化の度合いの差が小さい場合に見られる構文である。そこでは両言語ともに脱他動詞化構文が見られる。ドイツ語においては受動態と再帰動詞構文であり、とくに後者が注目される。日本語においては可能構文と意志構文である。 2)脱他動詞構文しばしばモダリティー的含意を伴う。両言語において、一般的に他動詞派生の構造のいくつかにモダリティーとの結びつきがみられ、これが感情形容詞の構文と類似の振る舞いを見せている。具体的にはドイツ語の「sein+不定詞」の構文、-barや-lichによる語形成、「sich+不定詞+lassen」構文、日本語の可能構文、意志構文があげられる。これらの構造と感情形容詞の構文が意味的・統語的にいかなる関係にあるのか(あるいはまったく無関係なのか)を探ることで、感情形容詞の構造と意味について掘り下げた検討を行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
27年度にドイツで発刊されたある図書を購入予定であったが、年度内の到着が確実に見込めなかったので次年度に回すこととした。
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次年度使用額の使用計画 |
27年度に購入予定であった図書の購入代金を28年度分として申請した図書購入費に加えて使用する計画である。
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