今日的な歴史社会言語学の枠組みで,英語の変異と変化を言語接触の観点から動的にとらえなおそうとすることが本研究の特徴である.最終的には現代英語研究,英語史研究,書誌学がそれぞれに積み上げてきた研究成果を再評価して統合することを将来的な目標としている.本課題の研究期間中には,言語接触の影響が存在することが予測できる言語資料を選択し,語彙のレベルを超えた文法,構文選択,談話などに見られる言語接触の具体例を明らかにすることを目指している. 最終年度には,William Caxtonがフランス語から英語に翻訳したParis & Vienneの中英語テキストに見られる再帰形 -selfに着目し,翻訳元であるフランス語テキストとの詳細な比較分析を行った成果を,共著論文として公刊した.英語の歴史上,Caxtonが翻訳を行っていた時代には,現代英語のように-selfで終わる代名詞と,通常の代名詞が,どちらも主語と同一指示になる環境で用いられていた.先行研究においては,英語史の大きな流れのなかで-self形と一般代名詞の趨勢の移り変わりが議論されることが主流であった.本論文においては,あえて個人 (Caxton) の言語使用に焦点を絞り,他言語からの翻訳という,いわば言語接触の影響を直接受けることが予測される場において,多言語使用者である翻訳者がどのような表現を選択しているかを詳しく観察した.翻訳元テキストであるフランス語テキストでは-self形に相当する表現形式が多数用いられているが,Caxtonの翻訳英語にはそれがそのままうつしとられているわけではなく,むしろ個々の動詞の意味が表現(文法,構文)の選択に関与している場合も少なくないことを明らかにした. 今後は,同じ翻訳者が,別の言語から英語に翻訳した作品を取りあげ,同様の分析を行って,結果を比較することを視野に入れていく.
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