本研究の目的は、室町時代の重要な往来物である『新撰遊覚往来』と『新撰類聚往来』の両書について、日本語学的研究を深めることである。基本的には、昨年度の作業を継続して行った。 本年度は、主として『新撰類聚往来』に関する研究をまとめ、書籍の形で公表する作業を行い、『新撰類聚往来 影印と研究』を刊行した。その内容と意義は以下の通りである。一、内閣文庫蔵慶安元年版本の影印に、精密な翻字を付した。従来の翻字としては『日本教科書大系』のものが知られているが、誤りが多いため、正誤一覧も作成して付した。一、慶安版本には誤記が多いため、東京大学蔵天正四年写本と校合しつつ、考証を行い、大量の文字の訂正を行った。その成果は、校注の形で論述している。一、この校注においては、従来の難読箇所についても多く解明されている。語彙研究としても充実した内容である。一、このような校訂を基礎として、名彙索引と書翰本文自立語索引を作成して掲載した。これは、中世日本語の語彙研究のための、基礎的資料となるものである。一、校訂の成果を踏まえて、訓読と現代語訳を作成した。本書は文学作品としても味読に耐える質を持っており、中世文学研究の一部として、今後研究対象となりうるものである。精確な訓読と流暢な現代語訳は、その文芸性の理解に資するものであろう。一、本書の往来物としての性格を明らかにするために、論文「新撰類聚往来の特質と意義」を作成して掲載した。その中で明らかにしたことは、1)往来物の発展史の中での位置づけを、構成表記の特徴から論じた、2)『新猿楽記』の影響が大きいことを明らかにした、3)『易林本節用集』への影響が大きいことを明らかにした、4)全体として、本書が往来物としてだけでなく、古辞書の歴史の中でも重要な位置を占めることを明らかにした、等である。
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