本研究は、古代日本語の最大の変革要因を動詞の増殖過程にあると仮説する。それは、「寄るー寄す」のような自他派生と「行く水」「咲く花」のような形容詞転成との大規模な発達によって状態動詞と動詞の形容詞的転成が形容詞の語彙不足を十分に補ってとりわけ日本文学における表現性を大幅に豊かにしたと考えられ、結果的に現代日本語に及ぶ動詞の強固な分詞体系を構築することになった。分詞participalは、従来欧文法で考察が行われたが本研究では日本語にも動詞の形容詞転用すなわち分詞が古代語から存在することを論証した。そのための考証として、本研究は8世紀フランス語資料であるストラスブール誓約以来15世紀に至る中世フランス語において動詞の形容詞転用が語彙として定着したかどうかを見るために『中世フランス語辞典』(2015、パリ)を用いて相当数の現在分詞と過去分詞が形容詞語彙として安定的に使用されていることを明らかにした。古代日本語の分詞体系は通言語的に観察されることを明らかにした。古代日本語では、特に完了辞リ、タリを駆使した分詞の体系が発達展開した。 すなわち「咲く花」「咲ける花」「咲きたる花」のような無標識絶対分詞、現在分詞、過去分詞からなる鼎立関係が日本語分詞の一大特徴をなしていることを欧語文法と比較して明らかにしたのである。かかる体系は、とりわけ万葉集、古今集、源氏物語のような文芸作品における用例が広く見いだされ、その特徴は、文芸的付加価値の高い練られた文脈に高い頻度で出現することが分かる。この傾向は、現代語にも引き継がれており、「生きる屍」「生きている証」「生きた化石」のごときある種の表現価値を伴って文脈上に出現し、高い効果を狙った文章語として承認されている。この実態は、今後日本語における文学言語と日常語との相互関係を把握するうえで有効な視点となりうるであろう。
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