布教聖省文書館(バチカン)所蔵の日本関係文書について、2018年度末に入手した複写資料を用いて、キリシタン資料のうちスペイン系手稿類における日本語のローマ字表記について分析した。当初の予定では2018年度中に分析を行うはずであったが、複写資料の納品が予定より遅れたため、今年度に行った。分析対象の文書集「fondo SC Indie Orientali e Cina Misc. 15」には多くの日本関係資料が収録されているが、東京大学史料編纂所『日本関係海外史料目録12』(1969)には記載のない資料であり、その存在が日本の研究者の間に広く知られているとは言いがたい。特に日本語研究の分野ではまだ活用されておらず、まずその資料性から検討が必要である。 本文書集の第一文書はフランシスコ会士による1595年の日本関係文書であり、本文はスペイン語で書かれている。本文中の日本語語彙は同じ語の繰り返しが多くて異なり語数は少ないが、キリシタン資料として標準的な表記であり、スペイン語資料としての特徴は特に見当たらない。他のキリシタン資料に共通する頻出語彙の表記には揺れがなく固定化しており、人名の表記に揺れがある。写筆者にとって馴染みのない語は表記の揺れが大きくなると考えられる。 第二文書もフランシスコ会による1595年の日本関係文書だが、詳細な分析は今後の課題とした。 キリシタン研究における表記の規範化に関して、版本については既に指摘があるが、手稿類の表記についてはその特異性や版本との違いが特筆されることが多い。しかし実際には手稿類にも表記の固定化という一定の規範性が認められるのであり、手稿類の表記の特異性を指摘する際には、手稿類の表記にも規範性があるということを念頭に置いて考察するべきである、という問題提起に至った。
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