本研究の目的は、音韻資料としての声明譜の資料性を捉え直した上で、声明譜が音韻史・表記史の記述にどのような貢献ができるのかを改めて検討する点にある。そのために今年度は、声明譜の探索と調査、声明譜の文献学的な精査、声明譜のデータ入力を計画し、実行した。実施した調査は次の2回である。 ・三千院門跡(京都市、2016年3月17日):鎌倉時代から南北朝時代にかけての声明譜『九條錫杖長音』『胎蔵界』『胎蔵界金剛界』の3資料を閲覧し、影印を入手した。これらは天台系大原流の声明譜として古く、分量も多いものであり、新たな調査資料として利用できることとなった。また『胎蔵界』所載の梵語讃の譜のなかに特異な字形を有す「タ」を発見し、通常の字体の「タ」と同時に使用されていることが確認された。両者が使い分けられているのか、また使い分けがあるとすればどのよう要因によるのかを今後検討していきたい。 ・神奈川県立金沢文庫(横浜市、2016年3月29日):鎌倉時代の声明譜である『聖宣本声明集』を閲覧し、調査を行った。この資料は『金沢文庫資料全書』に影印が収められているが、影印が小さいため、譜の細部の書入が判読しにくい状況にあった。今回の原本調査により譜の細部の書入が確認できたため、今後さらに詳細に検討を加える準備が整った。 今年度の調査によって入手した資料は、いずれも中世の天台宗系統の声明譜として重要なものであり、来年度以降に計画する本格的な分析に必要なものである。
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