本年度は当初の計画通り、声明譜の原本調査を計3回実施し、データ収集を行った。 声明譜の原本調査は、天理大学図書館で2回、三千院門跡で1回実施した。調査した文献は『魚山蠆(タイ)芥集』(室町時代後期写、真言宗系統)、『聲明集諸讃』(鎌倉時代後期写、天台宗系統)、『声明集 高野版』(室町時代初期刊、真言宗系統)(以上3点は天理大学図書館蔵)、『戒讃歎次第』(鎌倉時代後期写)、『乞戒偈』(南北朝時代写)、『慈恵大師供次第』(鎌倉時代中期写)、『毀形唄』(室町時代末期写)(以上4点は三千院門跡蔵でいずれも天台宗系統)の計7点の声明譜である。これらは総じて声明譜として古いもので、しかも詳密に仮名や記号が付されており、言語資料として有用なものである可能性があったため、複写を取り寄せて詳細に検討を行った。 これらの本研究において調査した文献に、これまで調査してきた声明譜も合わせて、譜の中に埋め込まれる諸記号や仮名について用例を収集し、その用法と言語事象との関わりを整理した。対象としたのは、開合長音に関わる「合」「ー」、濁音に関する「入」「ノム」である。 今後は、以上の作業をさらに進めて整理を終えたのち、それぞれの記号がどのような範囲に、どのような環境で出現するかを分析していく。その際、言語的特徴の影響がどの程度声明譜に及んでいるかに留意しながら、中世における日本語の濁音及び長音の実態を明らかにしていく予定である。
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