本研究では声明譜、特に南山進流講式譜における補助記号「合」「ワル」に注目し、その実態を精査することにより、日本語の長音・連母音が講式においてどのように誦唱されるのかを確認した。さらに、近世から近代にかけてその誦唱にどのような変遷があったかを明らかにした。また、漢語形態素を構成する音節における音素配列について、歴史的観点から考察を行った。 まず音素配列については、12世紀中頃において、論理的に結合可能な音節の種類は742、そのうち漢字音として実際に使用されている音節の種類は400、使用率(結合可能な音節数に対する、実際に使用されている音節の割合)は54%であった。現代語において、論理的に結合可能な音節の種類は474、そのうち漢字音として使用されている音節の種類は295、使用率は62%であった。音素成員の削減などの音素配列上の規則の変化によって、105音節が現代語までに区別されなくなり、全体としては区別する音節数を縮小しながら、あきまを少なくしてきたと言える。 次に声明譜における連母音については、現代の誦唱の状況、および口訣類をもとに推定すると、講式譜本で使用される「合」は典型的にはオ段長音を[ou]で誦唱することを指定する記号と推定される。一方で近世譜本の観察から、「ワル」は当時の口頭語においてウ段長音で実現する音節に対して/juR/でなく/iu/で唱えることを指示する語形指示の記号、「合」は当時口頭語においてオ段長音で実現する音節について、[o:]でなく[o.u]で誦唱することを指示する発音指示の記号として成立したと考えられる。近世初期から口頭語の影響で抑揚のない低平調の《角》の部分から[ou]→[o:]の変化がはじまり、さらに《徴角》の部分に[o:]の勢力が拡大した結果、低平調の場合に[o:]、高平調・上昇調の場合に[ou]で唱えられるようになったと見られる。
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