文法的に逸脱的な表現が創造的革新として受け入れられる背景には、どのような条件が必要なのかを考察した。事例研究として、Apple社の宣伝広告で使われた“Think different.”を主に取り上げた。この表現は、標準的英文法の体系に照らしてみると動詞thinkと形容詞differentの関係が文法的に不透明であり、何かしら逸脱的である。その文法性や解釈をめぐり賛否両論の議論があるが、英語圏ではそれなりに受容されつつあるようでもある。本研究では、当該表現が容認されるに至る背景には、関連する語彙や文法(用法)の複合的ネットワークがあり、そこに位置づけられることにより、この表現が「英語らしい言い回し」として言語的生態学上の居場所(ecological niche)を与えられているという分析を提示した。まず、differentを-ly副詞形と同等のものと分析することの問題を指摘した上で、differentの語彙的特性について考察した。一方、動詞のthinkが限定的な条件で名詞句補部をとる「疑似他動詞用法」について精査した上で、その補部が「引用実詞」を担う位置として構文化されている可能性について検討した。続いて、先行研究の谷口(2005)に基づき、SVC形式をとる属性評価文としてのthinkの拡張用法について考察し、さらに早瀬(2008)による形容詞を伴う命令文における結果解釈の分析を援用しつつ、関連表現の参照ネットワークに支えられたThink differentの多層的意味解釈の様相を明らかにした。
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