本研究では日本語能力が異なる中国語母語話者における日本語長母音知覚能力の発達過程について、聴取対象母音の語内音節位置およびピッチ型の2つの面から示すことを目指した。そのために日本語母音の長短対立に関する知覚実験を2017年度までに実施したが、データは主に日本語能力が中級程度かつ日本での滞在期間が短い提供者からのものであった。 上記のようなデータの偏りがあったため、最終年度の2018年度は学習開始から日が浅い話者から上級レベルの日本語能力の話者、また日本での滞在期間が短い話者から長い話者といった、さまざまな条件下にある中国語母語話者に協力を仰ぎ、不足していたデータを補完した。その結果、研究期間を通じ日本国内に滞在する中国語母語話者56名分のデータが得られた。また、これらの話者の比較対照群として東京都および神奈川県を生育地とする日本語母語話者10名にも中国語母語話者と同一の知覚実験を実施した。 中国語母語話者データのうち、北方方言(華北・東北方言、西北方言、西南方言、江淮方言)に区分される地域を生育地とし、この方言を日常的に話す50名分のデータを分析した。全体の傾向として、長母音の語内音節位置に関しては語中の判断が容易で、語末の判断が最も難しいことがわかった。本研究では同一の語内位置でも音節構造が異なる場合の長母音知覚の傾向も検討したが、語末では特に聴取対象母音を含む音節の前に撥音や長母音があるときに、判断が難しいことも明らかになった。ピッチ型については、ピッチが高低と下降する音節中の長母音の判断は易しく、低音が続く音節中の長母音判断は最も難しいことがわかった。 これらの結果より、分析した話者の長母音知覚能力は判断が易しい音環境にあるものから難しい音環境のものへと発達していくことが予想される。今後は学習者の長母音知覚の発達に即した教室指導への応用が課題である。
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