研究課題/領域番号 |
15K02828
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研究機関 | お茶の水女子大学 |
研究代表者 |
神田 由築 お茶の水女子大学, 基幹研究院, 教授 (60320925)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 芸能 / 文化 / 興行 / 地方 / 座本 / 伝統芸能 / 近世史 / 地域社会 |
研究実績の概要 |
本研究では、近世・近代移行期の芸能文化のありようを、①芸能文化をとりまく社会環境の変化、②芸能作品の内容、の二側面から描き出し、現代にまでつながる伝統芸能の展開過程を見通すことを目的としている。 本年度は、昨年度に佐賀県や熊本県で資料調査を行ったのに引き続き、特に熊本藩を拠点とする芸能者に焦点をあて、おもに①の課題について取り組んだ。当初の実施計画では、中国東部の芸能者を分析する予定であったが、九州にまだ多くの資料があることがわかり、その成果をまとめることに専念した。その結果、論考「地方興行の座本」(『歌舞伎 研究と批評』58)を公表し、以下のことを論じた。 熊本藩ではすでに18世紀前半に、のちに「御国芸者」と「他国芸者」と呼ばれる、藩領内の芸能者と藩領外から流入する芸能者とが、具体的な実体をともなって巡演していた。「他国芸者」については、これまでも申請者自身も研究対象としてきたが、従来は研究史上においても本格的に注目されてこなかった「御国芸者」の実態が、本年度の分析により少しずつ見えてきた。その一つである竹宮座(現在の熊本市東区にあった竹宮村に拠点を置く芸能者)については、文政8(1825)年以降、断続的に一座の名簿を確認することができ、19世紀の竹宮座はいくつかの血縁関係を主軸とする10人から20人規模の集団であったことが判明した。また同時期に興行された芝居の外題から、19世紀には18世紀後半初演の義太夫狂言からなる歌舞伎・操芝居が圧倒的な人気を占めていたことも確かめられた。一方の「他国芸者」も、熊本藩領では「芝居株」という同藩の独特な興行慣行に依拠しつつ、九州を横断していた様子が具体的に確認できた。座本の順当な世代交代など芸能者集団の安定的な継承、人気演目の創出、それを流布させる集団の活動の展開などを背景に、「伝統」継承の基盤が確立されたことがうかがえる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本年度は、研究目的のうち①芸能文化をとりまく社会環境の変化を描き出す、という点については、九州の芸能者を対象として、18世紀後半の集団の安定的継承や人気演目の習得に基盤を置きながら、19世紀への全国的な芸能文化の伝播・普及という局面が創出された模様を、一つのサンプルとして示せたと思う。その点では順調に進捗しているようだが、研究目的のうち②芸能作品の内容の点から近世から近代への移行期の変化を描き出す、という点については、具体的な成果をあげることができなかった。よって、「やや遅れている」と判断した。今後は、研究目的の②についても力を入れて進めようと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
今後は引き続き、研究目的の第一である芸能文化をとりまく社会環境の変化の分析を、あらゆる点から行うとともに、第二の目的である、芸能作品の内容の点から近世から近代への移行期の変化を描き出すことに着手する予定である。第一の目的についても、当初の予定では中国地方の芸能者も視野に入れる予定であったが、九州である程度の分量の資料の確保が見込まれ、またその分析に多くの時間を費やすことが予想されるため、社会環境の変化を分析する対象地域としては、九州、および芸能の発信地という観点から看過できない三都、の二つに絞る予定である。 ②については、課題である、浄瑠璃『八重霞浪花浜荻』を中核として、歌舞伎、講釈、黄表紙、小説、実録、新劇、映画と、時代ごとに新しいジャンルの作品が生み出されていく過程をできるかぎり追いかけ論述し、できればひとつの著作物として公表することを考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度の研究遂行過程において、九州において当初の予定よりも多くの資料の存在が見込まれることが判明した。研究内容の一貫性の点からも、当初の計画のように研究対象地を中国地方まで延ばすよりも、より深く、九州に拠点を定めた調査を続けることが肝要だと判断した。また、資料のうちのいくつかはこれから調査の手続きに入ることになるため、本年度で調査を完結させるのではなく、長期間にわたり資料調査を行う必要が生じてきた。以上から、次年度まで視野に入れたうえでの資料調査計画を立て直し、おもに旅費として次年度使用額を残すことにした。
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次年度使用額の使用計画 |
次年度は、本年度に引き続き佐賀県や熊本県を中心としながら、大分県や長崎県、福岡県など九州地方を中心に、近世・近代の芸能者の足跡にできるだけ即した形で、調査・研究を拡大することにする。そのことで、芸能文化の社会環境の変化について、個別ケースを並べるのではなく、連関性のある考察ができるのではないかと期待される。
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