昨年度に大分地方のイチョウの調査をはじめたが、その後あらたな資料に気が付き、追加の調査をした。日田市天瀬町女子畑の熊野神社の雄木は、現状と違いかつては地上2mで幹周11.5mあった。神社の前に住む高齢女性に話を聞け、乳信仰の確認もできた。同じく日田市中津江村栃野のイチョウは、幹周8.4mで、昨年度の調査と合わせて日田市周辺に集中する巨樹イチョウの存在が確かめられた。延長上に熊本県小国町の伝説を伴う巨樹イチョウがあり、何らかの目的を持った人々の一連の営為の結果とみられる。 東京都足立区花畑の正覚院のイチョウは、乳信仰がともなっているというが、詳細は不明であった。しかし、密教系であること、源氏の伝承があることは押さえておきたい。足立区南千住の素戔嗚神社においては、イチョウの木は子育て信仰になっており、乳信仰の形跡は見られない。イチョウが書かれた子育て絵馬を出しているが、現存の子育てイチョウは若い木であり、古木があったかどうかは不明である。文献資料が期待できる江戸近郊におけるイチョウ信仰の例として今後の研究の一資料である。西側の川崎市の天台宗影向寺のイチョウの乳信仰は薬師信仰から来ている。今年度の文献調査の知見から、巨樹イチョウが曹洞宗の寺にあるというタイプは、薬師信仰が背景にある可能性が感じられるが、禅宗寺院の場合は乳信仰はないとみてよい。 いっぽう、神社においては上記のほか栃木県野木町の野木神社のイチョウの乳信仰が確実にあったことがわかった。野木神社の祭神は菟道稚郎子であることとあわせ、野木神社の成立も不明で考察すべきことは多い。多摩川や渡良瀬川を通じた関東地方の乳信仰の伝播を考察する必要も見えてきた。 山間の人里や廃寺にある巨樹イチョウの所在地は想定以上に交通不便で、文献資料も少ない。実見や文献調査に時間がかかるが、未知の巨樹イチョウという資料からの歴史研究には展望がある。
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