最終年度の研究実績としては、防衛研究所戦史研究センター史料閲覧室にて、デジタル未公開「千代田史料」(旧参謀部史料)調査を行った。日本軍の東学農民軍殲滅命令発令、日本軍の中国領進入(鴨緑江渡河)、これらに平行する朝鮮東学農民軍全面蜂起(第2次東学農民戦争)など日清戦争全体状況を新たに復元し、解析するため、「参謀本部電報綴」「参謀本部報告」「参謀本部命令」などを東学農民軍討伐作戦を中心に調査、史料収集した。また韓国近現代史学会にて、日本の日清戦争史研究・東学農民戦争研究について報告し討論した。 全体の研究成果としては、東学農民軍討伐部隊兵士の従軍日誌複数を見出していたが、日誌の記事を、愛媛・徳島・高知など四国の研究者の協力をえ、現地調査で検証し、その際に、墓碑など戦争遺跡、他の従軍日誌、地方新聞記事などを新たに見出した。また朝鮮北部黄海道などで北部農民戦争と討伐作戦が、第3師団、とくに岐阜県出身兵士などを中心に展開した新事実を、「岐阜日日新聞」の一連の記事から掘り起こし、今後の戦史解明の手がかりも得た。また韓国の現地調査を韓国の研究者とともに、京畿道、忠清道、慶尚道、全羅道で行う事ができた。 これらによって討伐作戦に対抗する東学農民軍の蜂起と日本軍の討伐戦闘を韓国各地において多数、新たに見出すことができた。日本軍の討伐と農民軍の蜂起は、日清戦争の終盤まで大規模に継続していたこと、また日本軍による農民軍討伐も、銃殺・焼殺・銃剣での一斉刺殺、家屋または村全体の焼き払いなど、苛酷に展開していたことを新たに見出すことができ、日本と韓国の学術学会で報告し、日本の学術雑誌に従軍日誌の史料紹介と、現地調査に基づく論文をともに掲載することができた。当初、研究課題とした「東学農民戦争史の再構成」は、悉皆調査という点ではまだ完了していないが、再構成という目標を新たに大きく進展させることができた。
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