研究課題/領域番号 |
15K02865
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
高野 信治 九州大学, 比較社会文化研究科(研究院), 教授 (90179466)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 人の選別 / 差別 / 道徳 |
研究実績の概要 |
本年度は領主側の法令集における病者や障害者に関わる史料収集を行った。具体的には萩藩・徳島藩・岡山藩関連史料収蔵機関での調査において、主に藩政文書・地方文書の情報収集を行った。また刊本類からのデータの収集にも力を入れた。その結果、暫定的だが次のような見通しを得た。 (1)すでに近世はじめの段階から武家領主による領民・百姓の選別が行われていることである。これは生業・耕作へ従事による税(年貢)納入をめぐることで、領主の「仁政」の恩恵を蒙っているのにそれに応えないのは「田畠盗人」と同様、というような「悪者」のイメージで不納者を捉える傾向にあり、かつその傾向は、領主財政(藩財政)が窮乏する近世中後期にかけて強まっていった。年貢不納者は比喩的な「盗人」から明確な「罪人」、そしてそれが不道徳者と同一しされ、法度違反(法令違反、罪人)と不精・不倹約などが同レベルで罰則の対象になる状況も生まれた。 (2)年貢不納者が、領主が定めた法令を履行しない罪人であり、かつ不精・不倹約という守るべき道徳・規範から逸脱した者、というような見方が武家領主層のなかに共有されると、支配対象である領民にも、そのような人間観が様々な機会に教諭され浸透することになる。そして税納入を前提とした価値観が醸成されるなか、様々な理由で税納入ができない人々への特別な見方が形成されていくことがみてとれる。病者・障害者など家職(仕事)を担えない者は領主が最も重視する税納入ができない。彼らは救済対象とも考えられるが、それは、血縁や地縁など共同体の責務とされるようになる。そして、病者・障害者になった理由が道徳性と結びつけて考えられるようになる。 (3)このように、近世には税負担を軸として明確に人を選別する人間観が形成され、これが病者・障害者への差別的な見方につながると考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
領主側(主に大名・藩政史料)の法令を中心に史料収集を進めてきた。この作業を通じ、近世武家領主の領民の捉え方ないし領民に求めるもの、それは人間観と称しえるものと考えるが、かなり明確になってきた。しかし、本研究のテーマは領主側の認識に止まらず人間観を近世日本のアイデンティティ形成と関わらせて論じるべきとの立場であり、そのような企図で目論んでいた宗教史料の収集は半ばという段階である。
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今後の研究の推進方策 |
領主側の領民認識、人はどのような存在であるべきか、という見方を法令のみならず、統治の役職にあった役人としての個人の武士レベルで政治(統治)認識を捉える、という研究の方向性も必要であろう。 また宗教史料の収集、分析をより充実させることも考慮する。とくに、近世日本のアイデンティティの問題では、神道書類の神国思想にみられる道徳観(質素・倹約・勤勉などの徳目)が均質的な人間観の形成に連動していた可能性がある。さらに生業・家職を担えない人々が宗教活動・勧進行為(物乞い)をしており、その実像は病者・障害者であった可能性が高い。 さらに、広く知識人層の著作にも人間観さらには社会観、アイデンティティ形成の議論が収集できると思われる。 かかるより広い史料群からの人間観形成と、そのなかにみえる病者・障害者認識を探る方向性、方策を目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
健康上の理由(数年前からの大腸癌・肝転移の罹患、再発による手術、化学治療などによる体力の問題)があって、前述したような宗教関係の史料収集や分析が半ばになっており、当てようとしていた経費を残した。
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次年度使用額の使用計画 |
上記の病状の定期検査では再発の兆候は現在のところ認められず、体力も回復しつつあるので、28年度は、神道書を軸にした宗教関係の調査分析も含め、心学書などの道徳書、草子類などの文芸書なども視野に、より広範囲の史料収集、分析を通した領民・庶民階層の人間観、そのなかの病者・障害者観の析出を目指す。
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