最終年度は、とくに西海・北浦両地域の鯨組の雇用問題と捕鯨漁場と捕獲鯨の関係性の調査研究を進めた。 第1。西海地域の九州鯨組(中小・巨大鯨組)が北浦地域の漁場へ出漁した動向を中心とした史料群(山口県文書館所蔵)を収集し分析した。この結果九州鯨組は享保~天保期に北浦地域の漁場へ出漁し、さらに安政期の萩藩御手組では数百人規模で巨大鯨組から個別に雇用されたことが判明した。捕獲鯨については、西海では主に勢美鯨であったのに対し北浦では座頭鯨が多かった。 次に同文書館所蔵の瀬戸内海周防国佐郷島の庄屋史料に、鯨組の網船である双海船の船頭・加子の雇用先に関する史料群が残されており、それらを収集し分析した。この結果宝暦~文化期に、佐郷島から西海地域の巨大鯨組である益冨・中尾・深澤・土肥組や平戸町人の中小鯨組に雇用されたことが判明した。 第2。研究成果としては、九州鯨組が享保~文化期に北浦地域の漁場へ出漁した背景と条件について、 社会経済史学会第86回全国大会(2017年5月)、第125回山口県地方史研究大会(2017年6月)、地域漁業学会第59回大会(2017年10月)と、 第11回水産史研究会(2017年9月)で発表した。文化期の出漁に関する論考を『山口県地方史研究』第117号(2017年6月)から発表した。 これらの過程で多くの先生方からご教示を賜り、近世中期以降に西海地域の九州鯨組が北浦地域の漁場へ出漁した実態を明らかにできた。 今後の方向性としては、九州鯨組が天保期に北浦地域の2つの漁場へ出漁した背景・条件や交流・漁場利用の変化を中心に、『山口県地方史研究』(2018年6月)と『地域漁業研究』(2018年度中)から発表予定である。また、歴史地理学会第61回大会(2018年5月)、第7回交通史学会大会(2018年5月)、2018年度地域地理科学会大会(2018年7月)で発表予定である。
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