研究課題/領域番号 |
15K02897
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研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
丸田 孝志 広島大学, 総合科学研究科, 教授 (70299288)
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研究分担者 |
水羽 信男 広島大学, 総合科学研究科, 教授 (50229712)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 中国共産党 / 民意 / 民俗 / 象徴 / 民間信仰 |
研究実績の概要 |
日中戦争末期から国共内戦時期の中国共産党(中共)の根拠地における毛沢東像の導入と烈士追悼儀礼の組織について、権力と社会の関係に分析の焦点を当てて検討した。毛沢東像は多神教的、現世利益的な民間信仰に依拠して神像の代替として普及し、中共が望むような絶対神の地位を確立したわけではない。毛沢東像は基層党組織の立ち上げの際、会門の盟誓を模倣した儀礼において終末思想の救世主的な位置づけで使用されることもあったが、このような儀礼は、権力が地縁的組織性の弱い社会を代替して民衆に安全保障を提供するという機能によって組織されたものであった。その一方で、会門の盟誓に示される反乱のイデオロギーは、民意を天意とする真命天子の統治の根拠となる正統思想でもあり、ここには権力と社会、正統と異端を分かちがたい構造が存在していた。追悼儀礼にも、個別家庭の祖先祭祀を道徳的価値として万民に等しく認めようとする正統思想が継承されていた。 中華人民共和国建国後の民衆の祈雨活動、天災と統治者の交替を巡る流言、神水・神薬騒動および中共が創造した革命の伝説を対象に、民間信仰が新たな権力をどのように解釈し、互いがどのような関係を結ぼうとしたのかについて検討した。急速な社会経済の改造を伴う政治運動の下で進行した中共政権による迷信禁圧は、民衆の強い反発を引き起こしたが、一方で民間には、政府の権威によって迷信行為を正当化する行動も多くみられた。祈雨や神水・神薬によって命をつなごうとする民衆の自発的行動は、全てが反政府的なものではなく、中共の階級教育を受けて「権利意識」に目覚めた人々は、政府が不信心を改めて、天や神を敬い、その恩徳を天下に及ぼすという「本来の務め」を要求していた。このような民間信仰の志向性に対し、権力は指導者や紅軍が民衆のために奇跡を起こす革命の伝説を創造して、これを体制内に取り込もうとしていた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
国家と社会の機能的同型性という視点によって、1940年代から中華人民共和国を通じて、権力による正統性の主張と民意の調達の手法、および民衆の権力に対する意思表示のあり方についての大枠の分析枠組みを得ることができた。 具体的には、民間信仰と権力の関係の変遷を、中共権力に即して、根拠地時代から1950年代までの比較的長期にわたって考察し、中共権力による民意獲得の手法と民衆側からの民意の表出のあり方を、伝統的な権力観、民間信仰、天の概念を分析視角として抽出した。中共の大衆路線による民衆動員と迷信禁圧に対し、民衆は迷信禁圧に異議申し立てを繰り返すとともに、権力が伝統的な規範に基づいて行動するよう要求しており、民衆が「主権者」としての「権利意識」を伝統的な規範を保持したまま、激しく主張する状況が確認できた。その一方で、権力は民衆の伝統的価値観や信仰、民俗に寄り添いながら、民衆の嗜好に合わせた革命の伝説を創出しており、民衆の伝統的規範に基づく権力に対する願望を革命と中共政権の支持へと転換する手法を確立していったことが確認できた。 本年度は、これまでの研究成果を総括する論文を作成することができ、上述の成果に立って、既に次年度に発表する3編の論文の準備が整った。
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今後の研究の推進方策 |
民俗を利用した国民意識の形成、民意獲得の手法に関して、清末から中華人民共和国建国初期までの各政権下の民間暦における象徴使用の問題を、長期的な視点で検討する。各政権は、厳しい敵対関係にあっても、民俗の改良、国民の創出と統合、権威の形成、民意の獲得といった課題を共有しており、暦の形式の中には、このような課題にかかわる共通性や継承性が確認できるものと考えられる。また、この作業を通じて、近現代中国の民俗利用による政治動員・政治的統合の問題における中共の位置づけを相対化することを目指す。 民俗利用を伴う大衆動員と民意・敵意の形成に関しては、中共根拠地の社会経済的状況を基礎とした分析が不十分であり、この点を補強するため、晋冀魯豫辺区の冀魯豫区根拠地を対象として、中共の農村社会認識と冀魯豫区農村の実態との乖離が、同根拠地の土地改革と徴兵動員にどのように影響していたかについて検討する。 象徴と民間信仰に関わる、権力による民意獲得の手法に関しては、毛沢東の伝記・物語・伝説の形成・発展過程を、日中戦争期から中華人民共和国建国初期にかけて検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
廉価なチケットの利用により、出張費が当初の予定より少なく済んだことと、古書購入などによって経費削減に心掛けたため。
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次年度使用額の使用計画 |
出張費等に充てる。
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