最終年度は、毛沢東の権威確立とともに成立する毛沢東の物語が、整風運動以降の中国共産党(中共)の権力構造とどのような関係にあるのかについて検討し、これらが「大衆路線」の論理に従い、民衆の意志の名を借りた圧力によって、教育を受ける環境にある人々に対して毛の神格化を促進するものであったことなどを明らかにした。 研究期間全体を通じて、伝統中国の秩序再編の手法と近代の政治動員との関係について、主に以下のことを明らかにした。①北京政府などが、暦に込められた民間信仰や暦の伝統的体裁を利用しながら、そこに近代的要素を導入し、社会統合、政治動員を推進していく状況が見られ、中共権力の暦書に関わる民俗利用もこのような時代状況の中で成立していた。②戦後国共内戦期における華北の根拠地の政治動員の中で、中共は階級区分を基礎とし個々の政治的態度や地位・資格を含む「政治等級区分」を付与・剥奪することで、人々の忠誠を引き出すことに成功したが、このような可変的な区分は、徳の高さを地位の根拠とする伝統社会の理念に一致していた。また、民衆の中から積極分子と党員を抜擢する大衆動員においては、伝統的な結社の盟約の手法が使用された。③中華人民共和国建国後の民衆の祈雨活動、天災に関わる流言、神水・神薬騒動においては、民衆が政権の迷信禁圧に激しく反発しながらも、個々の利害に基づく迷信行為を政府の権威によって正当化する行動が多くみられた。民衆の集団行動は、全てが反政府的なものではなく、民衆は政府が天や神を敬い、その恩徳を天下に及ぼすという「本来の務め」を要求していた。中共は「革命の伝説」の創造によって、民間信仰と表裏一体を成す伝統的権力が維持してきたイデオロギーの独占構造を再構築しようとした。総じて民意を天意に回収する専制権力の形態が、基層レベルにその裾野を広げるとともに、大衆がその構造の下、強い自己主張をする状況を確認した。
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