本年度の成果は以下の3点に整理される。 (1)現在の右翼ポピュリスト政権下のハンガリーにおける政治的な排除の構造は、「家族道徳」を通じた貧困層と人種的他者の序列化という、戦間期のそれと同様の特徴を持ち、またそれは、戦間期史認識を通じて正当化されていることを明らかにした。これにより、戦間期ハンガリー社会の暴力と排除という本研究課題の主題が、歴史学上の意義だけでなく、現在のヨーロッパ政治を理解するうえでも重要であることを示した。 (2)戦間期の市民社会と暴力の問題を近現代ハンガリー史の文脈において理解するため、19世紀における市民社会の成立と、そこにおける「暴力の独占」をめぐる諸社会階層・勢力の競合関係の展開を明らかにした。スポーツ等の身体文化にかかわる市民的諸結社の競合関係に注目し、市民社会が暴力を独占し統制する正当な様式とその担い手をめぐる競合の場であったことを示した。 (3)市民社会における暴力統制の領域であるスポーツ等の諸団体・諸活動が1939年に国家の暴力装置の一部に包含されたこと、その原因が第一次世界大戦直後の暴力状況におけるパラミリタリと市民社会の関係にあったことを示し、第一次世界大戦後の暴力状況と戦間期ハンガリー市民社会の関係を明らかにした。具体的には、①この時期にホルティらの「国民軍」が正統性を独占する過程で、パラミリタリ・右翼系市民団体・スポーツ団体それぞれの「国民軍」との、②またこれら相互の協力関係が市民社会に包含されて保存されたこと、またこのことが、戦間期を通じて市民社会における体育・スポーツという領域が軍事の領域と不可分であり続けるための基盤となったことを、明らかにした。
|