研究課題/領域番号 |
15K02935
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研究機関 | 金沢大学 |
研究代表者 |
根津 由喜夫 金沢大学, 歴史言語文化学系, 教授 (50202247)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | ビザンツ / 正教世界 / 中世バルカン |
研究実績の概要 |
今年度は、夏季休暇を利用してブルガリアに調査旅行を実施し、第2ブルガリア王国に関連した史跡や博物館等にて現地調査と資料収集に尽力した。とりわけ王国の都が置かれた現在のヴェリコ・タルノヴォ、第1王国時代の故地であるシューメンやリラ修道院などにおいてはデータ収集に大いに収穫が得られた。ブルガリア国内の修道院で最高の格式を誇る「リラの修道院」に伝存している図像に関する考察を行った。それは、騎兵姿の聖デメトリオスが、地面に倒れた敵を馬上から槍で攻撃している構図であり、その敵には「カロヤン」という説明書きが付されている。ブルガリア国内でブルガリア王を刺殺する聖者の像が保存されているのは明らかに奇異なことであり、これには何らかの説明が必要である。現時点では、リラの修道院がブルガリアの西部に位置し、北中部のタルノヴォ王権から相対的に自立的な地位を保っていたことがこの謎を解く鍵となるのではないかと推測している。14世紀中葉において、同修道院の最大のパトロンとなった現地の君侯が、セルビアの支持を得て、半ば独立した地位を得ていたことも、同修道院の反タルノヴォ王権的な姿勢を助長させた可能性がある。この図像の解釈を通じて、これまで明らかにされていなかった、当時のバルカン地域の複雑な政治情勢の現実に光が当てられることが期待されるのである。こうした今年度の研究成果の一部は、3月に大阪市立大学で開催された日本ビザンツ学会第15回大会において報告された。また、これとは別にミネルヴァ書房から刊行予定の「グローバル世界史」においても分担執筆を行っており、現在、出版に向けて準備中である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の計画に従って、調査活動を順調に進めることができ、資料の収集も今年度、大きく進捗した。とりわけ、比較的早い時期に為政者の主導でビザンツの聖者崇敬の移植がなされたブルガリアの事例に関して検討を進めた。ここでは12世紀後半にビザンツからの独立運動を率いたペータルとアセンの兄弟によって聖デメトリオスがテサロニケから彼らの本拠であるタルノヴォに遷座したことが喧伝され、以後、ブルガリアにこの聖者への崇敬活動が流布する契機となったと考えられる。こうしたブルガリアへの聖デメトリオス崇敬の移植と普及の過程を究明する研究を進め、その成果の一部は先にも述べたように、3月に大阪市立大学で開催された日本ビザンツ学会第15回大会において報告することができたため。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度では、これまで訪れることができなかったセルビア(および可能であればコソボ)に調査旅行を実施し、現地の史跡、とりわけ13~14世紀に建立された正教の教会や修道院を訪れ、あわせて博物館その他で資料収集を実施したいと考えている。とくに今年度の調査は、ペーチ総主教座聖堂とデチャニ聖堂を中心に調査を実施したい。ペーチ総主教座聖堂では、14世紀前半に当時の大主教の肝煎りで聖デメトリオス教会とホデゲトリアの聖母教会が相次いで建立された。当時、ビザンツとセルビア王国の間では、ビザンツ皇女の降嫁が実現するなど君主家門間の活発な交流が確認されるため、こうした一連の建設活動は、積極的にビザンツの洗練された文化を受け入れようとするセルビア側の姿勢を読み取ることができるのかもしれない。また、セルビア王の後援で建立されたデチャニ聖堂(14世紀半ば)内の聖デメトリオス礼拝堂には、聖デメトリオスの伝記に沿って主要なエピソードが描かれているだけでなく、蛮族からのテサロニケの防衛、そしてブルガリア王カロヤンを成敗する聖者の騎馬像の図像も残されているという。先に紹介したブルガリアのリラの修道院の同種の図像との関連性が当然、問われることになるだろう。2つの図像の相互の影響関係、制作年代を解明することで、リラの修道院の図像は、デチャニ、すなわちセルビア側の影響下に制作されたという仮説が成立するのか検証を行う予定である。また、そうした見方が受け入れられるとすれば、ブルガリアがビザンツとの対抗上、聖デメトリオス崇敬の総本山の地位をビザンツから奪おうとしたのに対し、セルビアは、むしろビザンツに接近し、後者との連携と協調関係を顕示して、ビザンツの文化的伝統の正統な継承者という地位を標榜し、それによって隣国ブルガリアに対して優越した地位を占めようとしたと想定することも可能になるだろう。
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次年度使用額が生じた理由 |
海外に発注した雑誌バックナンバーが極めてマイナーな種類のものだったためになかなか補足できず、購入手続きに手間取ったことなどが理由として挙げられる。また、次年度の調査旅行にも多額の旅費を要することも予測されるため、無理に年度内に予算消化を図らなかったという面もある。
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次年度使用額の使用計画 |
夏季休暇中に実施する予定のセルビア方面への調査旅行に多額の経費を要することになるものと考えられる。さらにこれに加え、様々な研究文献、調査用の撮影機器、データ処理用のパソコン関係備品の購入などに予算は充当される予定である。
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