研究課題/領域番号 |
15K02942
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研究機関 | 熊本大学 |
研究代表者 |
丹下 栄 熊本大学, 文学部, 講師 (10179921)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | カロリング期 / 所領経営 / 修道院 / 説明責任 / コルビー修道院 / 合理性 |
研究実績の概要 |
2015年度は所領経営・組織運営の「合理性」をめぐる近年の研究動向の追跡と、それに関わる史料証言の探査を並行して行い、以下のような見通しを得ることができた。 従来の研究はキリスト教=反利潤追求・反合理性指向、世俗=利潤追求・合理性指向という二項対立的図式を自明の前提とし、例えば禁欲が濫費を抑制し、「はからずも」資源の有効利用=経営合理化の促進要因となったと説明することで両者を結びつけようとしてきたが、こうした見解は修道院の組織運営・所領経営、また個人のキャリア戦略における神に対する説明責任(日常業務、あるいは最後に審判に際して)の自覚に着目する近年の研究によって克服されつつある。 「合理性」を説明責任・説明可能性という切り口から解明しようとするとき、その手がかりになると思われるのが財の価値や領民負担の量的可視化・数値化であろう。この想定をもとに財の価格による価値表現・領民負担の金納化に関わる史料証言を検討した結果、9世紀初めの史料において、教会の調度品の価格または材料となった貴金属重量を表記する事例がしばしば見られることが認められた。当該史料の一部は教会組織そのものが持つ富の確定ではなく、軍事行動にあたって教会組織から徴収可能な財や労役の確定を目的として作成されたと考えられ、これは教会調度(貴金属製)をその価格ないしは金属重量とともに記録する方式、またその有効性に対する認識が広く教会内外を問わず広まっていたことを示唆している。 ちなみに本研究の直接的な検討対象の1つであるであるコルビー修道院領に関して、修道院長アダラールの所領経営スキルのひとつに財の貨幣による評価があったことをFr.ブガールが指摘している。貨幣による財の評価を説明責任というコンテクストのなかで検討することは組織運営における「合理性」の内実をより多面的に解明する手がかりとなる可能性を示しているといえる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
教会組織における組織運営の「合理性」をめぐる研究動向の追跡は主要な論点の洗い出しがほぼ完了し、そこから史料分析にあたってはまず「説明可能性」という視点から分析を進めるのが効率的・生産的であるとの見通しを得ることができた。史料分析に関しては、検討対象の枠を拡げ、中世初・中期の教会調度に関わる文書の通覧を進めたため、コルビー修道院に直接関係する史料のミクロ分析はいくらか遅れている。しかしこれまで行ってきた、いわば外堀を埋める史料分析によって、当初の研究対象として設定したコルビーなど3修道院における文書作成のコンテクストをより精密に摘出するための基盤が強化できたと考えられる。これらを勘案して進行状況は全体としておおむね順調に進行していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
今年度は、第1の作業(「合理性」をめぐる研究動向の整理)に関しては「説明可能性」という観念が社会的・神学的コンテクストのなかでどのように理解され・実践されていたのかという問題を中心に研究動向のとりまとめを行う。これによって宗教組織、とくに修道院における組織運営・所領経営がどのような意味で「合理的」と言えるのか、また「合理的」と認識されていたのかを検討するうえでの当面の基本的視座を設定することができよう。 第2の作業(個別所領の史料分析に基づく「合理性」の読みとり)に関しては、2015年度に行った財の評価にかかわる史料の分析結果を踏まえ、検討の主たる対象として設定した3修道院に伝わる史料の分析を本格化させる。コルビーに関しては、従来から扱ってきた『指令集』のうち、分析が進んでいなかった在庫管理に関する条項を、説明可能性=アカウンタビリティとの関係で再度精査する。またボッビオに関しては、修道院長ワラの遺した所領管理についての指令と土地取引文書をつきあわせ、所領政策その成果とコルビーからの知見を比較することで、「合理性」をより広い視野から検討することが可能になることが期待される。またコルファイについては、寄進帳や市場開設に関わる王文書の分析を通して、「説明可能性」という観念がこれらのテクストの作成において意識されていたと言えるのか、またこの観念が外部世界、特にフランク王権との関係のなかでどのような意味を持ちえたかについて、いくらかの見通しを得ることめざす。
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次年度使用額が生じた理由 |
発注していた物品(書籍)が刊行遅れのため年度内に納品されなかったので、次年度使用額が発生した。
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次年度使用額の使用計画 |
次年度使用額は当該物品の支払いに充当する。翌年度請求分の用途には重大な変更はない。
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