2017年度は、主として記述史料を用いてコルヴァイ修道院の創建過程を追跡し、成果の一部を論文として公表した。本研究課題と関連する論点は次のとおりである。①コルヴァイ修道院の創建は、アダラール不在中のコルビー修道院によるザクセンでの修道施設建設とその経済的苦境、コルビー修道院長に復帰したアダラールによる救援と修道施設の移転・独立した修道院の創建という過程をたどった。経済的苦境から脱するためにアダラールはコルビーから貨幣を送り、しかるべき場所で必要な物資を購入するよう指示している。物資そのものの長距離輸送を避け、財の移動が必要な場合は極力貨幣を用いようとする指向はアダラールが作成した所領経営のための指令集にも随所に認められ、貨幣を富の保存や移動の効果的な手段として重要視していたことがうかがえる。②コルヴァイ修道院創建にあたってアダラールはコルビー修道院が持っていたザクセン所在の所領を新しい修道院に移管している。アダラールが修道院所領を本拠地周辺に集約することのメリットを強く認識していたことを考え合わせると、この所領移管は組織の空間的広がりをできるだけコンパクトにまとめ、状況の変化に迅速に対処できるようにしようとする戦略の一環として理解することが可能と思われる。 こうした見通しをもとに、ブリュッセル自由大学文学部中世史セミナー(年間テーマは「中世における飢饉と飢餓」)においてAdalard de Corbie face à la crise monastique(修道院の危機に対処するアダラール)と題する口頭報告を行い、中世初期においてコルビーに限らず多くの修道院において物資欠乏に対処するためにしばしば貨幣による物資購入が行われたこと、その原資となる貨幣・貴金属の集積とその現況(=購買力)把握・帳簿への記録が組織運営上重要な事項となっていたことを論じた。
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