本年度は、当初の計画通り、11月に、本研究テーマである文化自治に関し多くの研究業績を上げているデイヴィッド・スミス氏(グラスゴー大学)を招聘し、本科研メンバーを中心とし、国内の他の研究者や学生にも開いた研究会を開くなどして、とりまとめに向けての議論を集中的に行った。議論の中から重要な点として浮かび上がったのは、主として次の2点である。 ①エストニアで、両大戦間期に制度化された文化自治は、現在の視点では、少数派文化に相当程度の権利を付与する点で極めてリベラルな制度と評価できるものの、当時の文脈においては、19世紀的なエリート的リベラリズムという限定付きで理解されるべきものである。なぜならば、当該制度の実現に尽力したのは、19世紀末頃に自己形成を遂げ、さらに、ロシア革命、第一次世界大戦をへて、帝国の解体を経験したエリートであるからである。 ②文化自治は、近年では、形を変えて少なからぬ国で制度化されているが、その制度のみを対象として分析するのではなく、EU加盟国におけるナショナリズムの動きとして、広い文脈で位置づけなおすことが必要である。 本科研の研究代表者は、3月末にシカゴで開かれたヨーロッパ研究会議にシティズンシップと記憶をテーマとするパネルの一員として参加し、議論をアジアに広げる可能性についても示唆を得た。またこの会議において、前出のスミス氏と今後の研究成果の発信について打合せを行った。
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