本年度は「ライフヒストリーのなかの大戦」をテーマに両大戦期を生きた女性の経験に焦点をあて、1930年代、50年代、70年代を画期とする語りの変遷をたどることで、個人の経験が歴史化されていく過程を明らかにした。 「書く女性(writing women)」に焦点をあてた研究は2000年代以降さかんにおこなわれているが、銃後に留まることなく戦場に赴いた「普通の女性」に関する研究は極端に少ない。女性たちが帝国戦争博物館や陸軍博物館に寄贈した未刊行の回想録については、これまでエピソード的に触れられることはあっても、体系的な分析はなされてこなかった。そこで本研究では、銃後にとどまった女性とも、戦時組織を率いたエリート女性とも区別される陸軍女性補助部隊の末端を占めた女性たちに焦点をあて、1930年代から80年代にかけて執筆された未刊行の回想録を網羅的に分析した。執筆の動機やきっかけ、語りの内容・特徴に注目しながら、彼女たちが何を書き留めたい、書き留めなければならないと考えたのか、自らの大戦経験を時代やライフストーリーのなかにいかに位置づけようとしたのかを明らかにした。男性の語りやエリート女性の語りとは異なる彼女たち独特の語りからは、支配的な大戦観やジェンダー観とは区別される「軍隊のなかの女性」」としての自己意識や、どのような社会情勢とも折り合いをつけながら「大戦の記憶」とともに生きる姿が浮き彫りになった。 以上の研究成果を「語りとジェンダー―「小さな物語」のなかの戦争体験―」(山室信一編『人文学宣言』ナカニシヤ出版、2019年)にまとめた。また、2019年3月23日に開かれた「イギリス史研究会(第46回例会:専修大学神田キャンパス)」において、口頭発表「軍隊のなかの女性たち―回想録から読み解く第一次世界大戦の記憶―」をおこなった。
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