研究課題/領域番号 |
15K02969
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研究機関 | 高知工業高等専門学校 |
研究代表者 |
江口 布由子 高知工業高等専門学校, ソーシャルデザイン工学科, 准教授 (20531619)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 近現代史 / オーストリア史 / 子ども史 / ナショナリズム |
研究実績の概要 |
本研究は第一次世界大戦後に国境が大きく変動した東中欧において、子供がどのように越境的な移動をしたのか、そして越境的な移動を制限・促進するような要因は何だったのかを明らかにしようという研究である。研究開始当初は、子供が労働力として必要とされ、移動するという局面に焦点を絞れるのではないかと考え、文献や史料を収集し研究を進めてきた。本年度の研究実績として、以下の3点がある。 (1)本年度に予定していた外国での学会報告を行った。2016年6月に開催されたオーストリア現代史学会(Oesterreichische Zeitgeschichtetag 2016)の「制度、権力、暴力(Institution, Macht & Gewalt)」部門において「戦間期オーストリアの子どもの権利と優生学(Die Kinderrechte und Eugenik in der Zwischenkriegszeit)」という報告を行った。この報告では、第一次世界大戦後の東中欧において子どもを「出身国」(この出身国が出生国でない可能性もあった)へ強制送還する根拠となった「親(父)子関係の特定」に焦点を当てた。 (2)著作物にて研究成果を発表した。具体的には、三時眞貴子、岩下 誠、 江口布由子、河合 隆平、北村 陽子(編)『教育支援と排除の比較社会史――「生存」をめぐる家族・労働・福祉』(2016 昭和堂)の「 第一章 「福祉を通じた教育」の選別と子ども――赤いウィーンの子ども引き取りと里親養育」で、子どもの移動を根本で支えた戦間期の里親養育の具体像を明らかにした。本研究成果では、同時代のウィーンの排他的な居住権規定によって同地生まれの外国籍の子どもが強制送還されたことなどを明らかにした。 本年度までの成果によって、「進捗状況」でも述べるが「労働」という枠組みを外し、より広い文脈での越境的移動を考えるべきだという結論に達し、研究の再方向づけを行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度は、昨年度に実施できなかった外国での研究発表および調査が実施できた。また査読論文ではないが、研究成果も部分的であれ出すことができた。外国での発表では、研究分野の一人者であるH.コンラート教授やK.カーサー教授(いずれもグラーツ大学)からアドバイスを得ることができた。 また研究内容としての進展もあった。研究開始時点で予期していたように、移民労働、里子、施設間の移動等、複数の子どもの移動形態があり、また断片的であれそれぞれに研究蓄積があることがわかった。しかしながら、研究当初に推測した労働をめぐる移動については、管見の限りではあるがそれを明確に示す史料を未だ見つけることができていない。こうした史料状況、および本研究の主旨、すなわち国境変動との社会史ともいえる領野を見いだすことを見据え、労働の有無にとらわれず「子どものネイション(国籍)の変更」という枠組みで研究をまとめるという方向づけを行った。
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今後の研究の推進方策 |
「進捗状況」でも述べたように、今後の研究方針について当初に予定した「労働」だけでなく、より幅広い動機や目的の移動を含んだ「越境」を視野に入れることとした。現時点、最も注目しているのは、1920年代から30年代にかけての親(父)子関係の特定による越境(子ども自身の国境の移動あるいは国籍変更)である。第一次世界大戦後の東中欧諸国では、施設養育や里子養育など福祉の対象となった子供や婚外子について、血液型検査や形態人類学などによって父親を特定し、養育費を請求しようという動きが広がった。その際、父親が外国籍となったことがわかると子供を送還するといったことも起こった。こうした子供の送還をめぐる法制度や実態を、オーストリアを中心に明らかにしたい。 また、こうした子供の「送還」と動きと1930年第後半以降の「生命の泉」に代表される強制的な同化(誘拐)との関係も探りたい。これまでの本科研の成果から、この関係を分断・結節する上で重要なのは、心理学および心理学者たちの社会的な活動ではないかと考えている。そのため、特に心理学者たちの「子供の越境」への関わりについても明らかにしたい。 最終年度は、上記の2点について書籍もしくは雑誌論文の形で成果を発表する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初の予定よりも旅費を安く抑えることができたため
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次年度使用額の使用計画 |
旅費に計上し、日程的に可能であれば平成29年度も外国調査に使用する。しかし、日程的に不可能となった場合は文献購入の物品費および国内旅費に当てる。
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