研究課題
サウジアラビア、タブーク州において予定通りに青銅器時代の祭祀遺跡を調査した。本調査研究はサウジアラビア考古観光委員会の協力の下に行われた。遺跡の分布調査を計画していたが、昨年度に引き続き発掘調査も可能となった。そのため、今年度も予想以上の成果を挙げることが出来た。調査は紅海沿岸のワディ・シャルマ地区と内陸部のワディ・モホラク地区に対して行った。これらの地区には、銅石器時代(紀元前4800~3500年頃:較正年代)と考えられる環状祭祀遺構(Enclosure)と前期青銅器時代(紀元前3500~2000年頃)と考えられる円塔墓(Tower Tomb)と台状祭祀遺構(Platform)が含まれていた。今回の調査の大きな成果は、ワディ・シャルマ地区において、後期銅石器時代末期に属する新たなタイプの遺構(不正形の立石遺構)を検出したことである。この不正形の遺構は蜂の巣形の複雑な内部構造を有しており、今後その機能を解明する必要がある。この遺構から良好な放射炭素年代データが複数得られたため、銅石器時代末の時期(紀元前4000~3500年頃)を特定することができた。また、ワディ・モホラク地区においては、円塔墓から青銅剣が出土した。これまでアラビア半島北西部の円塔墓から、このような発見の類例はなく、重要な成果となった。本資料は、茎部のない剣身だけのタイプであり、柄部とはリベットで接続される珍しい類例である。中期青銅器時代前半(紀元前2000~1800年頃)の資料と考えられる。サウジアラビアの文化財に関しては、正式報告書完成以前に研究論文の執筆はできない取り決めがある。そのため今年度も関連地域のシリア、イランの古代遊牧民の葬制について口頭発表・ポスター発表を国際学会で行った。最終的にはこれらの論考と関連づけて、サウジアラビア古代遊牧民の独自性を論じる計画である。
1: 当初の計画以上に進展している
当初の計画以上に進展しているとする理由は発掘調査が実施できたことによる。当初の計画では分布調査・遺物調査であったが、複数の遺跡で発掘調査を実施することができた。昨年度の調査により、これまで用途や時期が不明だった、環状祭祀遺構、円塔墓そして台状祭祀遺構について、その特徴的な構造(立石が中央に配置された小型祭祀空間)を明らかにすることが出来た。今年度は新たに「不正形の立石遺構」を検出した。そして、本遺構が埋没してから、円塔墓が構築されていることが発掘調査から明らかになった。また、「不正形の立石遺構」から銅石器時代末期を示す良好な放射性炭素年代データを得た。これらの成果により、環状祭祀遺構→「不正形の立石遺構」→円塔墓・台状祭祀遺構の年代観が確立した。今後は「不正形の立石遺構」とこれまでの祭祀遺構との関連を追及していくことになる。「不正形の立石遺構」からは、複数の炉跡が検出された。この炉跡から放射性炭素資料が得られたのであるが、これまで検出された祭祀遺構(環状祭祀遺構、円塔墓、台状祭祀遺構)には炉跡は検出されていなかった。そのため、「不正形の立石遺構」は祭祀遺構とは異なる機能を有していた可能性がある。ワディ・モホラク遺跡からは青銅製短剣が出土した。中期青銅器時代前半の資料と考えられる非常に珍しい資料である。パレスチナ地方南部に類例があるが、サウジアラビアでは初めての検出例である。同じタブーク州内でウィーン大学によって調査されているグレイラ遺跡でも、形態は異なるものの中期青銅器時代の青銅剣が出土しており、今後は同大学との共同研究も期待される。今年度の成果もアラビア半島の青銅器時代の考古学に大きな進展をもたらすのは確実である。
2年間の調査成果により環状祭祀遺構、台状祭祀遺構、円塔墓に系統関係が存在することが明らかになり、これらの遺構の構造的特徴も判明した。本研究の目的である北西部アラビア半島古代遊牧民の祭祀遺構の構造的な独自性は、「立石遺構を伴う小型祭祀遺跡であること」がほぼ解明された。その年代も発掘による層位的な検討と複数の放射性炭素年代によりほぼ明らかになった。また、円塔墓から出土した青銅剣がその形態的特徴から中期青銅器時代前半であることが予想されるため、当初想定していなかった、中期青銅器時代(紀元前2000年以降)の古代遊牧民についてもある程度、系統的な歴史を復元することが可能になった。平成29年度も、ワディ・シャルマ地区(紅海沿岸地区)、ワディ・モホラク遺跡(内陸山岳地区)の発掘調査を行う。この両地区には保存状態が良好な祭祀遺構が存在している。発掘により多数の遺物が出土することが期待される。ほぼ年代問題は解決したので、今後は出土遺物からメソポタミア、シリア、エジプトとの関係を明らかにしていくことが目標である。すでに紅海産の貝製品の交易について、ウィーンの国際学会(国際中東考古学者会議:ICAANE)で発表しており、まずは紅海産貝製品のシリア・メソポタミアへの搬出に関して研究を進める。この成果は、8月にロンドンで開催されるアラビア学セミナー(the Seminar for Arabian Studies)でポスター発表する。また、協力して調査を進めているサウジアラビア考古観光委員会では、大型の円塔墓を博物館に移築・保存する計画を継続しており、協力を要請されている。この移築事業にも可能な限り参画していきたい。
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Al-Rafidan
巻: 38 ページ: 33-38
オリエント
巻: 59-2 ページ: 239-239
10th International Congress on the Archaeology of the Ancient Near East, Abstract Booklet, 10th ICAANE, Institute for Oriental and European Archaeology, Vienna
巻: 10 ページ: 85-86