日本列島に定着した水稲耕作を基盤とする農耕がどのように初期の農耕社会に組み込まれたかを明らかにすることは、列島の農耕社会の本質を追究する上でも極めて重要なテーマである。本研究では、1.これまで復元的な方法を用いて追究してきた初期農耕の実態について、より実験考古学的な方法でその労働の内容や編成等の評価を試み、2.初期農耕形成モデル(「登呂モデル」)にそうした評価を組み込むことによって、初期農耕社会の組織やその変容過程の本質を追究することを主要な目的として研究を行った。 平成29年度は、これまでの成果をふまえ次の内容の研究を実施した。(1)選定復元した農耕具・工具を点検し、復元作業等により得られた知見等をふまえて、出土農耕具、工具類の素材利用、製作過程、労働組織等について検討を行った。(2) これまでの実験実績および検討した評価方法をもとに、登呂遺跡復元水田でのイネの栽培実験を行い、復元農耕具の使用実験により、その用途機能や耐久性を検討する実験を行った。これまでの耕起、掘削に加え、畦の造成・補修等に関して新たな知見等を得た。(3)引き続き、水田、畑の耕作法、農耕具使用法に関して近代化以前の農具使用法や民俗例などの資料を収集し検討した。(4)(1)(2)(3)の過程、成果について検討し、主に農耕具の製作法、使用法・耐久性等についての評価を試みた。(5)静岡県内の各地・各時期(弥生時代)の農耕生産物に関してレプリカ法による調査を行った。(6)静岡県内でGISを用いた弥生遺跡立地と地形の比較を行った。(7)比較検討対象として、熊本、福岡、佐賀、長崎(壱岐)、愛媛、愛知、岐阜、群馬、山形の各県および韓国忠清南道の資料等を視察調査した。また、研究の基礎資料となる図書等を購入した。 以上の研究について総括を行った。静岡県内のシンポジウムや韓国で成果の一部を報告することができた。
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