人類学において「人間とその周囲にある自然生態環境(本研究課題ではこれを「身の回り世界」と呼ぶ)との関わりあい」というテーマには膨大な研究蓄積がある。そうした中で、本研究課題は、東アフリカ牧畜民が「個」のレヴェルにおいて五感の統合作用を通じて感得した「身の回り世界」に在るさまざまな事物や事象をいかなる回路によって他者と共有しているのかについて、人類学的な視点・方法から解明することを目的とした。五感の諸機能とその統合性は人類の自然的、すなわち進化的基礎であると同時に文化・社会的構築でもあり、同じ五感を備えた身体的他者と社会的交渉をおこなうための基盤となる。一方、五感を構成する個々の知覚間には、他者と知覚内容を共有する際の共同性のあり方に差異があると予測された。こうしたことから、個体間に生じる「五感の共鳴」という身体的・社会的現象に着目して、牧畜民が他者と共有する環境の包括的全体像を、諸知覚の共同性の成立機序とその差異性の二側面から描出するためには、複数の牧畜社会において現地調査をおこない、比較検討することが有効な研究手法となる。 上記の理由から、当初の計画では研究期間のすべての年度において、ケニアの牧畜民チャムスないしウガンダの牧畜民ドドスの現地調査を実施する予定であった。ところが、本研究課題の開始の前年度(平成26年度)に実施したドドス調査の際にA型肝炎に罹患し、体調が回復しなかったため、本課題の全期間中、唯一、平成28年度にチャムス調査をおこなうにとどまった。ドドス調査の計画もしたが、アプローチが困難で、環境の苛酷な乾燥地での調査の実施には身体的に不安が残り、断念した。そのため、国内で東アフリカの自然生態環境とその認知・認識等に関する情報収集や研究連絡打ち合わせに従事するとともに、本課題以前に実施した調査および上記チャムス調査による一次データにもとづき試論的論攷をまとめた。
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