憲法規範が立法、行政、司法作用を通じ、さらに「社会的なもの」としての憲法上の権利侵害等を争う当事者や支援者、法律家の積極的関与のもとに具体化していく過程を、とりわけ憲法25条の生存権と生活保護法との関係に焦点を当てて研究してきた。その過程で最も重要なのが老齢加算削減廃止事件の一連の裁判である。最高裁第2小法廷2012年4月2日判決は基準改定に対する生活保護法56条の適用を否定し、堀木訴訟最大判を引用しつつ生活保護法8条2項等における「最低限度の生活」という概念は抽象的かつ相対的であるから大臣の裁量は広範であるとしつつ、他方、高齢者の特別な需要に関する統計等との合理的関連性や専門的知見との整合性の有無等など判断過程の過誤・欠落の観点から審査すべきであるとして原審を破毀し、福岡高裁に差し戻した。最高裁第2小法廷が、大臣の基準改定行為に対して、なぜこのような判断過程による審査を行ったのか、憲法及び生活保護法をいかに解釈適用したのか本判決からは十分明らかではない。しかし、この点を解明するヒントを、同じ最高裁第2小法廷による国公法違反2被告事件判決に見出すことができる。同判決補足意見で千葉裁判長は、法律は憲法の趣旨を踏まえ体系的に解釈すべきであり、これが「通常の法令解釈のあり方」で、合憲限定解釈とは異なるとした。これは、法令が合憲であることを前提に、法令の趣旨を憲法に照らしてより明確なものとし、より具体的な規範として認識する手法としてしられるドイツの憲法志向的解釈(憲法適合的解釈の一種)に近い。この手法を用いれば生存権の具体化としての生活保護法のより具体的解釈を導出し行政裁量の厳格な統制が可能となろう。憲法規範具体化過程論と憲法志向的解釈とを接合することにより、憲法規範とりわけ生存権など社会権の具体化と立法及び行政裁量の憲法的統制の可能性を切り拓いたのが本研究の最大の意義である。
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